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ふたつの川が集まるところ
今日書く文章のなかに、下品な言葉が含まれてます。不快に思う人がいたらごめんなさい。

多摩川をジョギングしてると思い出す本がある。よしもとばななの「ハゴロモ」という本。
実を言うと、よしもとばななはこの本しか読んだことがない。なんでだろう?
読んでみてすごい嫌いで、もうこの人の本はこんりんざい読みたくない!と、思った記憶はない、むしろ良い印象。
しかしこの後よしもとばななの本を読んだことがない。友達に勧められたこともあるのに。なんでだろう?

その「ハゴロモ」の中で印象的なシーンがある。うろ覚えなので正確ではないですが。。。

なんか、夕焼けに染まる河川敷を眺めて、、遠くからみるとこんなに美しいのに、いざ近くまで行ってみると動物の糞や虫の死骸、生ゴミや不法投棄の家電製品、ラブホテル代がない高校生カップルが使った使用済みのコンドーム。いっぱい汚いものが潜んでいる。的な文章があったはず。なんだかそれが脳裏に焼き付いてて、今でも夕方の河川敷をみるとその小説を思いだしてしまう。

昔勤めてた事務所の後輩と酒を飲んでいる時に、納豆をかき混ぜた器の洗い方でケンカになったことがある。
しばらく水に浸けてネバリを取る派と、蛇口の水でゆすぎながら指でネバリを落としたあと他の食器と一緒に洗う派。
僕は後者。もちろんそんな事はどっちでもいいんだけど、今でも納豆ご飯を食べた後は後輩の顔が浮かぶ。
そう、僕は昔のどうでもいいことをすごくよく覚えてるのだ。

話を戻すと、一見きれいに見えることでも汚い物が隠れている。どんなに美しいものにでもだ。
きれいなものと汚いものは表裏一体であって、汚いからきれいで、きれいだから汚いのだ。
女性だって外見が美しくても、世界大戦ほどのいびきをかくかもしれないし、寝起きの口は誰だって臭い。
この文章を読んで、僕はこんなに汚い心の持ち主ですが、なにか手を差し伸べられたような思いがしたんだ。

その記憶があるからではないけど、僕の撮る写真。僕が道を歩いてて心が動く景色や衝動。
その中に少なからず「汚いもの」というのがある。どんなに汚いものでもきれいな部分があるんじゃないかって思って。
汚いものってのはどこまでいっても汚いんだろうけどさ、それでもカメラを介せばきれいになるんじゃないかとか。
なにか可能性を期待してしまう。僕はどこまでもいっても汚い人間なので、写真に救いを求めてしまう。

いつかそんな汚いものが、いろんな人にきれいだなあと言われる写真が撮れれば
僕、嬉しい。

te495.jpg

The End_495 羽根木 / Nikon F3 「tumblr」「THE END」「Trinograph.」「Facebook」「twitter」「Flickr」
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