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死について考えることは生きることだ
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「田口ランディ / ひかりのあめふるしま 屋久島」

とある女の子が屋久島に行ってきたらしい。それを聞いて思い出したように読んでみた。
10年くらい前にこの本を読んで、屋久島に想いを馳せてたんだった。
しかし10年経っても行ってないのは、その後屋久島がメジャーになり、なんとなくミーハーな感じがしたから。
でも今回もういちど読んでみて、また屋久島への想いが膨らんできたきた。

「コンセント」とかが有名な田口ランディ。
精神学的な見解と霊的な表現が多くて、それでいて砕けた文章が特徴の作家さんだと思う。
僕は聖地巡礼という本が好きだったなあ。その著者が屋久島で体験したことを綴ったエッセイ。
なかでも白谷雲水峡の文章は、すごくすごく印象的で、今でも良く覚えていた。
10年ぶりに読んでみても面白くてすぐ読み終わっちゃう良本でした。

ふだん自分の言葉だと思って放っているものが、いろんな文章の蓄積から成り立っているんだと思う。
僕が一人旅を好きな理由に、心が動く景色に出会った時ひとりでその景色と対峙する事。というのがある。
そこに誰かがいると、どうしても真正面から受け止められなくなる。「すごいね」「うん」で終わってしまう。
持論のつもりだったけど、この本のなかにそのような事が書いてあった。この文章に共感してたんだ。

以下その文章

私はたぶんこの景色を永遠に誰とも共有できないんだって思った。ああ、そうか。自然がせつないのは、自然と向かい合ったときに自分がたった一人だって、実感しちゃうからなのかもしれない。もしかして、この景色を誰かと見たとしても、その人が私とおなじようにこの緑を見るかどうかはわからない。世界は私という認識の中に成立してるんだ。一人、たったひとり自分だけが感じる美しさが私を救うことができる。それは夕焼けであるかもしれない、青い深海の景色であるかもしれない。あるとき、私が美しいと感じるもの、それは私だけに贈られた世界からのプレゼントなんだ。

パクリという訳でなく、本を読むことは心に貯金をするようなものだ。って事を再認識する。
読んだ本の中の知識や情報や想いが僕のなかに蓄積していって、今の僕を形成しているんだ。
だから読書ってやめられないし、やめちゃいけないんだと思う。
パリのノーコメント野郎と、この言葉で共感しあってた思い出がある。元気かな。帰国したら遊ぼ。

いまこの本は屋久島に行ってきた女の子の手元にある。
実際そこに行ってきた彼女に、この本の文章はどう写るんだろう。

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The End_491 自宅 / Nikon F3「tumblr」「THE END」「Trinograph.」「Facebook」「twitter」「Flickr」


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