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禅問答に近い会話
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「村上春樹 / 回転木馬のデッド・ヒート」

前から「1Q84」再読のタイミングはあったけど、実現しなかったのは、手を付けたら他のが後回しになるから。
それだけ僕には未読の本がいっぱいある。そして「1Q84」に手を出したら、それに手を付けるのも結構な後になる。
実際「ダンス・ダンス・ダンス」の次はトマス・ピンチョンを読もうとしてたし。でもそれじゃいつまでたっても「1Q84」の出番はない。
だからどこかで踏ん切りをつけなきゃいけなかった。って時に中村さんにそっと背中を押された次第でございます。

でもその前にちょっとだけ短編を。というのは「ダンス・ダンス・ダンス」の後にすぐ大長編ではなく、一呼吸おきたかった。
前から読みなおしたいと思ってたし、短編なので長丁場前にサクッと読んどいたという訳です。
「回転木馬のデッド・ヒート」というタイトルがかなり好きです。格好良くて一番好きかも。
でも響きだけで好きと言ってたけど、まえがきにタイトルの由来が書いてあった。

以下引用ー
他人の話を聞けば聞くほど、そしてその話をとおして人々の生をかいま見れば見るほど、我々はある種の無力感に捉われていくことになる。おりとはその無力感のことである。我々はどこにも行けないというのがこの無力感の本質だ。我々は我々自身をはめこむことのできる我々の人生という運行システムを所有しているが、そのシステムは同時にまた我々自身をも規定している。それはメリー・ゴーラウンドによく似ている。それは定まった場所を定まった速度で巡回しているだけのことなのだ。どこにも行かないし、降りることも乗りかえることもできない。誰をも抜かないし、誰にも抜かれない。しかしそれでも我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートをくりひろげているように見える。

なんかよくわかんねー。笑とにかく、著者が人から聞いた話を著者なりにかみ砕き、物語に変えているという試み。
ポール・オースターの「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」のような雰囲気がするけど、因果関係は知らん。時期も知らん。
好きだった話は「レーダーホーゼン」と「プールサイド」という物語。前者は「英語で聞く村上春樹」みたいなので最近聞いてたので。
後者は最近歳を重ねた僕に響くものがあった「35歳になった春。彼は自分が既に人生の折り返し点を曲がってしまった事を確認した」で始まる。

これもまえがきにあるけど、これは短編小説ではない。小説ですらないかもしれないらしい。
それは著者が人から聞いた本当の話だからだ。著者はそれを「スケッチ」と呼んでいた。
人の話をここまで文章、物語として持ち上げるには、当たり前だけど文章力と、聞く力みたいなものが必要なんだろうな。
それか単純に好奇心かもしれない。僕は人の話にそこまで好奇心を持つことができるかな。。

話はそれるが、僕はもともと二つの事を同時に進める事ができない。
本を読んでる時は音楽を聴けないし、映画をみながらなにか別の事もできない。運動をしながら料理もできない。
僕は本が好きだからそれを優先すると、音楽を聴く時間が減る。それは寂しいことだけど、人生はトレードオフなので諦めていた。
でも最近は音楽の種類によってはそれができるという事がわかった。もちろん体調や気分もあるけど、これはかなり大きな事なのです。

あとラジオのNHKニュースも良いみたい。小さな音でなんとなくかけたりしている。
それからは生活でも静かな音楽をかけるようになった。クラシックや、現代音楽、ミニマルミュージックが良いみたい。
そしてもう一つが朗読です。先に書いた「英語で聞く村上春樹」とかなんとなくかけている。ちょっとマイブームかもしれない。詳しくはまた今度。
ちなみに僕は35歳ではなく36歳になった。サバを読んだつもりは、ない。

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The End_1548 渋谷 / PENTAX67

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