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空洞を埋める作業
「ダンス・ダンス・ダンス」より抜粋
この作品は名言の多い作品だ。読み終わった後の文庫本には、ドッグイヤー(今でも言う?)がいっぱいついていた。

ー上巻ー

■彼らは僕のところにやってきて、僕と関わり、そしてある日去っていく。彼らは僕の友人になり、恋人になり、妻にもなる。ある場合には対立する存在にもなる。でもいずれにせよ、みんな僕のもとを去っていく。残った人間は一人もいない。部屋の中には誰もいない。僕がいるだけだ。そして僕は彼らの不在をいつも認識している。去っていった人々を。彼らの口にした言葉や、彼らの息づかいや、彼らの口ずさんだ唄が、部屋のあちこちの隅に塵のように漂っているのが見える。

■一度死んでしまえば、それ以上失うべきものはもう何もない。それが死の優れた点だ。

■でも古代エジプト人だって、日々のささやかな出来事に喜びを見出しつつささやかな人生を送って、そして死んでいったのだろう。水泳を習ったり、ミイラを作ったりしながら。そういうものの集積を人は文明と呼ぶのだ。

■君と同じくらいの歳のころにさ。毎日ラジオにしがみついて、小遣いを貯めてレコードを買った。ロックンロール。世の中にこれくらい素晴らしいものはないと思っていた。聴いているだけで幸せだった。

■昔はそんなこと真剣に考えなかった。何を聴いてもけっこう楽しかった。若かったし、時間は幾らでもあったし、それに恋もしていた。つまらないものにも、些細なことにも心の震えのようなものを託すことができた。

■みんなはそれを逃避と呼ぶ。でもそれはそれでいいんだ。僕の人生は僕のものだし、君の人生は君のものだ。何を求めるかさえはっきりしていれば、君は君の好きなように生きればいいんだ。人がなんと言おうと知ったことじゃない。そんな奴らは大鰐に食われて死ねばいいんだ。僕は昔、君くらいの歳の時にそう考えていた。今でもやはりそう考えている。それはあるいは僕が人間的に成長していないからかもしれない。あるいは僕が恒久的に正しいのかもしれない。まだよくわからない。なかなか解答が出てこない。

■でも僕はもう三十四だから、そんなに簡単に恋はしない。これ以上不幸になりたくない。スバルの方が楽だ。

■うまくいかないこともある。しかし目標があり、試行錯誤があって物事は初めて成し遂げられる。

■僕が十三歳の頃、世界はもっと単純だった。努力は報いられるはずのものであり、言葉は保証されるはずのものであり、美しさはそこに留められるはずのものであった。

■僕も十三の時はそういう風に思ったこともあった。このままの人生が続くんじゃないかって。でもそんなことない。何とかなる。何とかならなかったら、またその時に考えればいい。

数が多いので、まさかの続く!

te1539.jpg

The End_1539 渋谷 / PENTAX67

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Comment

ながたけんじ

2016/03/09 01:10 ・・・EDIT

  僕がお酒を飲まないのを知ってて、お客さんが気を使ってくれて、飲みではない場所として、焼き肉いきましょう!と誘ってくれた。僕は肉も食べれないんですなんて事はもちろん言えず、十年ぶりくらいに焼き肉店にいってきました。

2016/03/08 22:49 ・・・EDIT

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