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灰色の煙みたいな街
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「村上春樹 / 神の子どもたちはみな踊る」

阪神淡路大震災のあと「地震」が物語に関わってくるという共通点で綴られた短編集。
表題作はロバート・ログウェルによって映画化されている。ワンラック映画係として流してた時にちょい見してたんだけど
物語どうこうの前にナスターシャ・キンスキーの娘、ソニア・キンスキーをみるだけでドキドキする。
あの少し小悪魔的な美貌は母親譲りなんだろう。ぼくはナスターシャの方が好きだけど。

短編集なので、表題の作品だけコメントしようかな。他には「アイロンのある風景」が好きですタイトルも「使い道のない風景」みたいで良いです。ある新興宗教団体で「神の子」として育てられた善也が、雑踏で父親らしい男を見つけ後を追うというストーリー。善也の母親はかなり厳格な避妊をしたにもかかわらず幾度も妊娠し、ついに彼を生んだ。それを契機に母は新興宗教に入信していた。

悪い意味ではなく、とても気持ち悪い物語。この年に起きた震災と、地下鉄サリン事件の影響から
村上春樹の作品はガラッと変わって行くわけだけれど、この短編にもその雰囲気が伺える。
解説サイト読むと善也=ヨシュア=キリストらしい。母親が「完璧な避妊」をしたのに3度も妊娠したのは「処女懐妊」という意味だそうだ。
母親に対する性欲を抱いた善也は自分を責める。そして善也の心は信仰から遠ざかっていく。

すごく暗喩に満ちた、正直素直には分かんない物語です。眼鏡がない、腕時計が消える=こちら側じゃない世界にいるということ。
という分かりやすいものから、父親の姿を追いかけ行き着いた先の野球グラウンドで「神の子どもたちはみな踊るのだ」と言い、踊り出したりする。
全然嫌いじゃないけど、解説サイト読まないとわからへん。なんかこ難しいことしてるなー。という印象です。
この物語が素直に理解できると言う人は、ちょっと訝しげにみてしまうかもしれない。好きだけど。

デヴィッド・リンチ作品を一気にみてる時に、そのテンションでこれを読むと、なんとなく理解できるかもしれない。
理解できるというか、理解しているような気になれるかもしれない。わからない部分をうまく流せるコツをつかんでるだけかもしれないけど。

以下引用ー
善也の魂は今では、静かに晴れ渡ったひとつの時間とひとつの場所にたたずんでいた。その男が自分の実の父親であろうが、神様であろうが、あるいはたまたまどこかで右の耳たぶをなくしただけの無縁の他人であろうが、それはもうどうでもいいことだった。

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The End_1496 渋谷 / PENTAX67

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