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手が切れそうな名刺
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「小栗康平 / 眠る男」

小栗康平祭り、最後。
もう一つ浅野忠信が出ている「埋もれ木」というのがあったんだけど、仕事の都合で見られなかった。残念。

山間にある小さな町、ここには様々な人が暮らしていた。山で事故に遭い寝たきりを続けている拓次、知的障害を持つ少年、水車小屋の爺さん、自転車置き場の少年、南アジアからやって来てスナックで働くティア。そして拓次の友達で電気工の上村。冬が過ぎ、春が訪れるにつれ人々に変化が訪れる。

これも相変わらず説明がかなり少ない映画です。またあらすじかいてて「へーそうなんだ!」と思っている。
そして象徴的であり観念的な表現が多い。これは小栗作品からは切り離せないものなんでしょう。
だけどよくよく考えてみると、この物語はすごくメタファーの宝庫で、とても緻密に作られた映画だと思う。
とても分かりづらいのは否定できませんが笑。小説とかで読むとまた印象が違うんじゃないかな。

僕はとても好きでいろいろ勘ぐってみてしまい、あっと言う間に終わってしまった。
でも苦手な人は苦手だろうな。。寝ちゃってるお客さん(イビキが聞こえた)もいたみたい。
以下僕なりの考察なのでネタバレします。でも相も変わらず僕がこうゆうことを言う映画は、
ネタバレとか関係ない映画です。いわゆる犯人捜し的なものではないという意味です。

まず寝たきりの拓次。タイトル「眠る男」は彼のことだと思うけど、ずっと寝てる。たまに反応するけど。
上村は、拓次と幼い頃に行った山の中の小屋。急に思い出してそこに行ってみたいとか言う。
そして拓次は寝たきりのまま回復する事もなく息を引き取る。その時お婆さんは魂の抜けるのを目撃する。
スナックで働く故郷で子どもを亡くしたティア。彼女は山の中で死んだはずの拓次と出会う。

ティアと拓次は面識なかったはずだけど、森の中で邂逅するのだ。そして道を教えてもらう。。
その先には上村と拓次が昔遊んだ小屋があった。そこの涸れたはずの井戸からは水が出ている。
上村がその小屋を訪れてティアと出会う。最後、上村は谷川岳でブロッケン現象を体験する。
そして「拓次、人間は大きいんか、小さいんか、」みたいなことを言う。そして町からはアジア人の女が居なくなる。

よし!言います。森、井戸、あの世とこの世の曖昧な世界での邂逅、眠る人、暗喩の宝庫。
僕は村上春樹感を感じずにはいられなかった。どちらが先だとか、パクリだとかそうゆうくだらない話ではない。
素直に僕はドキドキしてみてた。すごく説明がないし、分かりづらい物語だし、断片的だし、観念的。
物語としては「意味分からない」で終わる話だと思う。でも僕にはビンビン来てしまった。感じてしまった。

これまで見てきた三作品は、全て戦後のトラウマだったり、不具合だったりを描いてきてた。
今作は戦争はあまり関係がなく、人間とは、生きるとは、生命とは的な大きなものを描いている。
そんなもの誰も分からないのだ、だから分かりづらい物語になるのは当たり前なのだ。
もちろん「面白い!」という映画ではありません。でも心のそっと触れるこんな映画はたぶん10年後も覚えている。

「伽倻子のために」の時にかいたけど、群馬県の市民が何万人かになった記念で作られた映画。
なので全編通して群馬県の風景が映し出されています。それは市街地や里山の風景だったりするんだけど
なんといっても谷川岳の雄姿がバックにいつもある。後半は上村が山にいってたり。
そもそも拓次が寝たきりになったのは谷川岳での滑落が原因だし。谷川岳こわい。

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The End_1439 原町 / PLAUBEl makina 670

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