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「小栗康平 / 死の棘」

小栗康平祭り、三本目。

「泥の河」では、戦後の家庭の空気感を。「伽倻子のために」では戦後の在日朝鮮人のあり方を表現してた。
そして今作は戦後の夫婦の問題。全てに戦争が終わった後の人間の関係、精神状態が表現されている。

トシオとミホは結婚してから10年、子どもを二人持った夫婦だった。二人は戦時中の奄美大島で出会ったが、トシオは特攻隊長として死を予告されている身だった。トシオの出撃時には自分も自決して共に散ろうと決意していたミホだったが、発動命令はおりないまま敗戦を迎える。そして今トシオの浮気が発覚し、夫婦生活に破綻が生まれる。

とあらすじを書いたけど、この映画をみた僕でも「へーそうだったんだ」と思う部分はある。
それくらい説明のない映画です。いわれれば暗喩めいた表現はあったわ、と思うくらい。嫌な人は嫌でしょう。
特攻隊長として、そしてそれを追う女として、心の中で一度死んだ身の彼ら。そこでなにかが終わってしまった部分はあると思う。
もちろん死なずに生きれて、結婚して子どもも授かって良かった。だけどその時に肉体とは別に死んでしまった部分があるんだと思う。

二人は、嫌なこと、我慢できないことがあると難癖付けてすぐに死のうとする。
特にヒステリックにキャンキャン言ったり、急に落ち込んだり、完全な躁鬱状態のミホはみてて怖くなる。
もちろんそうゆう風になったのはトシオの浮気が原因なんだけど、暗い女はイヤダネー。とアラーキー的に言いたくなる。
トシオは荒ぶるミホを落ち着ける為に、抱きしめてこう言う「新しい過去を作りに行こう」と。名言、名言だ。僕も使いたい。

トシオもミホにクドクド言われたあげくタガが外れ自殺に走る「肺炎になって死んでやる!」って肌着姿になって座り込む。
冬で寒いから放っておけば肺炎になって死ぬ、という意味だと思うけど、、失笑しかしない。
それをみたミホは「そこまでやるなら裸になりなっ!」みたいなことを言い、トシオは裸になる。
それをみて奥さんも裸になって正座で向き合い、お互い寒さを我慢する。肺炎で死ぬために。。イイナー。とアラーキー的に言いたくなる。

でもこの映画、とても仄暗い心の深淵を描いているから、そんなに明るく見られない。
前にも書いたけど所々で黒沢清的なスポットが入ったり、後半、真っ暗な中で水を掻くトシオの後ろ姿とか、かなりトラウマチックな描写が多い。
そうゆう心の動きを映像にしようというものは、一連の小栗作品の中にみてとれました。
夜中に暗闇の中でケンカして仲直りして雨戸開けたら快晴とか。ギラッと光る白いスカートとか。ぜんぶ夢みたいなんだ。

最初にかいたように説明も丁寧じゃないし、分からない部分は多い。
でも僕の脳裡にはそうゆう描写が離れないで残っている。それだけで意味があるってものさ。

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The End_1437 富ヶ谷 / PLAUBEL makina670

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