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愛欲の四輪駆動
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「村上春樹 / 海辺のカフカ」

この小説を読むのは3回目、前に読んだのは3年前。僕のブログは自分のこうゆう情報を得るのにとても便利。「A」「B」
気候が春っぽくなってきた頃、晴れた日曜日には多摩川で寝っ転がって本を読んでいた。
最初は古川日出男の「13」を読んでたんだけど、文句の言い様がない完璧に爽やかな季節だった。
そんなシーンで読みたいと思ったのが「海辺のカフカ」でした。僕の中では青春小説と捉えている部分もあるので。

「僕」田村カフカは世界でいちばんタフな15歳の少年。父親にかけられた呪いと予言から逃れる為、家を出ることを決心し、四国の高松へ向かう。そこで少年は私立の図書館に身を置くことになる。一方「ナカタさん」は小学生の時に遭遇した事故で知的障害を患っている老人。猫と会話ができるため、迷子の猫を探すのが得意だった。ナカタさんは猫探しの最中「猫殺し男」の話を聞きつける。

もう三回目なので上下巻まとめてのものにします。前のブログを読み返すと前回と今回で違う解釈というか感想を持っていた。
だけどお気に入りのセリフ引用はほぼ同じもので、嬉しくもあり、成長を感じさせないものでもあった。
僕は本を読んでいて心が動くとページの角を折る。今回も読んでてそうゆう文章に出会うと、すでにもうページは折られていることは多かった。
3年前の自分もここでドキドキしたんだな。。とか思ってニヤついたりして読んでいた。再読の良さってそうゆうものもある。

「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の続編?とたまに耳にするこの作品ですが、僕はいささか懐疑的です。
章ごとにシーンが変わり、それが交互に繰り返し物語が進行するシステムと、人間の深層心理にコミットする大まかな共通点はあるけど
僕はそんなに繋がりめいたものを感じなかった。こっちの世界とあっちの世界とか、森の奥の町とか。いろいろ想像するワードはあったけれど。
しかし別に共通させて読む必要もないので、これはこれでという気持ちで読みました。

前回読んだ時「この小説は壮大なラブストーリーだ」と大まかに片付けていたけれど、今回はもうちょっと深く読み進められたと思います。
それでもいわゆる研究家や村上主義者と呼ばれる人たちとは雲泥の差がありますけどね。これは皮肉でもあります。
この物語は猫が喋ったり、カーネル・サンダーズやジョニー・ウォーカーが出てきたりイワシが空から降ったり。ファンタジーな要素が多い。
だけどそれはメタファー(暗喩)で直接的な物とは違う。この物語を読んだ後世界はメタファーだらけに見える。実際世界はメタファーで溢れている。

登場人物それぞれが結構なキャラクターで、その全員に過去がありなんらかの物を背負っている。
カフカ少年もナカタさんも、佐伯さんも大島さんも、そして星野くん。彼は普通の人なのに一番の大役を任される。
特にカーネル・サンダーズとの絡みなんて漫才をみているようでとても好きなシーンです。愛欲の四輪駆動も笑。
そしてそんな普通の人が、ナカタさんと一緒に旅を続ける事により、変化し、成長して行く様がとてもみてて微笑ましい。

以下星野くんの大好きな言葉、引用ー

青年は子どもの頃のことを思い出した。あの頃は何も考えなくて良かった。ただそのまんま生きていればよかったんだ。
生きている限り俺は「なにもの」かだった。自然にそうなっていた。でもいつのまにかそうではなくなってしまった。
生きることによって、俺は「なにもの」でもなくなってしまった。
そいつは変な話だよな。人ってのは生きるために生まれてくるんじゃないか。そうだろう?
それなのに、生きれば生きるほど俺は中身を失っていってただの空っぽな人間になっていったみたいだ。
そしてこの先さらに生きれば生きるほど俺はますます空っぽで無価値な人間になっていくのかもしれない。
そいつは間違ったことだ。そんな変な話はない。その流れをどこかで変えることはできるのだろうか?

村上春樹の特長だと思っている「突拍子もない話なのになんだかすごく現実のもののように思わせる」というものが顕著に出ている作品だと思う。
非現実的なシーンも現実的に見えてしまい世界に引き込まれる。そしてその感覚はとても気持ちが良いもので、快楽に近いものがある。
カフカ少年が、入ってはいけない森の奥の奥へ向かうシーン。それは現実の森とはまた違うんだけどそうゆう時の心理描写はもう鳥肌モノです。
意識の奥へ奥へ潜っていく作業それに浸る快感「ハマる人はハマるダメな人はダメ」彼の作品はよくそう言われるけれどとても共感します。

前はラブストーリーと思って読んでたんだけど、今回はそう思わなかった。「悪」とか「呪い」とかの方が大きかったかな。
特に佐伯さんに関しては、ラブストーリーなんてものは感じなかった。でもやっぱり別れの言葉はとても心に響いた。
「私の事を覚えていてほしいの。あなたさえ私のことを覚えていてくれれば他のすべての人に忘れられてもかまわない」ってさ。
でもこれは愛の言葉ではない。カフカ少年に向けられた言葉ですらないのかもしれない。そうゆう話、読んだ人としたいな。

最近、ちょいちょいと村上春樹作品を再読している自分がいます。逆に新刊だったり普通の(普通の?)小説に手が伸びない自分もいる。
やっぱり僕は村上春樹の小説というか、文章が好きなんだと思います。そして彼の小説に出てくる男性像が嫌いではない。
生活スタイルや性生活などまったく僕と対極なものかもしれないけれど、ある種の憧れ的なものがあるのかもしれない。
「やれやれ」なんて使わないし、移動は車じゃなく自転車だけど。あ、でもいつもテニスシューズを履いてるし、チノパンもはいている!笑

村上春樹の小説は学問としてはほど遠い物なのに、こんなに売れるのはなぜか。それは「なんとなく知的なもの」を求める人が多いからだ。
という記事を読んだことがある。言い換えれば「知識人を装っている、頭が良いふりをしている人に好まれる小説」ということかもしれない。
僕は頭が悪いので、哲学、精神論、形而上学、もしかしたら森羅万象。なんてそんな難しいものは分からない。でも村上春樹は好きだ。
そうなると僕もその記事のそっち側の人間になるのかも。だけどこんなに純粋に心が動く小説他にあるかな?あったら教えて欲しい。

追記
読み終わった後でみつけた海辺のカフカの書評
これが合ってるととるかどうかは、その人それぞれですが僕は読んでてすごく納得してしまった。
非の打ち所がなかった。解説としてかなりの説得力があって、なんか肩の荷がおりちゃった。
壮絶にネタバレしていますが、既読の方はぜひ読んでみてください。

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The End_1288 白鷺 / Nikon D610

「THE END PHOTO」「PHOTO ARCHIVE」「Trinograph. INTERIOR」「Facebook」
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