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かがやく馬
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「わたしに会うまでの1600キロ」

タイトルだけだったら絶対にみない映画。OLさんが崇拝する系の映画のタイトルっぽい。
ちょっと自分探し感もあるもんな。。でもみた、なぜか。
監督が「ダラス・バイヤーズ・クラブ」の人だったことと、デヴィッド・リンチ作品でお馴染みのローラ・ダーンが出てたこと。
そしてパシフィック・クレスト・トレイル(アメリカのロングトレイル)の話だったという事。結果、まあ面白かったです。

過去にトラウマを抱えていたシェリル。特に最愛の母の死は受け入れられず薬とセックスに溺れる日々。そして崩壊する結婚生活。しかしシェリルはあることをきっかけに、自分自身を取り戻そうとパシフィック・クレスト・トレイルの1600kmロングハイクに挑むことにした。

僕も素人とは言え、山の中を歩くのが好きな人間としては、みてて共感する部分がありました。
もう行くっかない!という勢いが必要なこととか、不安と達成感が交互にやってくることとか、心地の良い孤独感とか。
そして独り言や、自分脳内会議は捗り、意識下にダイブするかのように自問自答の連続。脳みその整理。世界の中の自分の小ささとか、いろいろと。
PCT1600kmと日帰り奥多摩ハイキングを比べるのは違うかもしれないけど、まあ素人なので。

冒頭、背負って立ち上がれないほどの大荷物で歩き出すシェリル。ガスはバーナーとの種類?が違くて、ずっと冷たい食事が続くこと。
ガスバーナーを砂漠で始めて使ってみて、分からないから説明書をだして、そこで始めて使えない事が判明したり。説明書を持っていることも。
夜中にテントで読む小説も、日記も地図も全部ハードカバーだったり、素人の僕がみてもおかしな事ばかりだけど、それはちゃんと布石でした。
ある人と出会い、荷物を整理し、それからUL系になる笑。それも成長の描写なのかな。

シェリルも森の中や山道を黙々と歩いてると、自問自答が進んでいた。それはとてもよく分かります。僕も独り言がすごいし。
終始、母親役のローラ・ダーンの幻影みたいなのがちょいちょい出てくる。静かな森の中にローラ・ダーンが佇んでいたりするのだ。
完全にデヴィッド・リンチの映画になっている、怖い。挙げ句にはキャンプ場にいる白馬が夜中光ってたりする、怖い。
かなりカルトな臭いがしてくるのだ。シェリル自身もたまに、たがが外れることがあるし。ハイキングの話なのに、もう怖い。

途中までみてて改めて思った「ああそうか、これはロードムービーなんだ」って。
PCTの1600km(それが部分なのか、全長なのかは知らん)を歩きながら、色んな人と出会い、自分に起こったことを見つめ直し整理する。
そして新しい自分に出会う。その為の1600km。そして「美しさの中に身を置け」とローラ・ダーンはシェリルに言うのだ。
他にも名言めいたセリフが多かったのは好きでした。以下引用ー

ひとつの行動が何を生むか知るすべはない。
何が何を導き、何を壊し、何を花開かせ、枯らせ、道を変えさせるのか。
でも時が戻っても私は同じことをするだろう。
すべてのことが私をここへ導いたのなら。

この映画をみた後、母親に会いにいきたくなる。できれば会えるうちに(実際、実家に帰った)
PCTスルーハイク映画だけど、景色はそんなに良くない。ところどころ良いけど、そんなに心躍るものでもない。
最初に書いたけど、なぜ原題「WILD」が「わたしに会うまでの1600キロ」になってしまうのか。
そのままで良かったのではない?ジョン・クラカワーの「INTO THE WILD」みたいで。

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The End_1560 城ヶ島 / PENTAX67

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慣れない準備
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The End_1559 渋谷 / Nikon D610

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ビーチ・ボーイズをリクエスト
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「寄生獣」「寄生獣 完結編」

面倒だし、二回に分けて書くほどのあれじゃないので、まとめて書いちゃいます。

高校生の泉新一は、睡眠中に自宅に忍び込んできたパラサイトに寄生される。しかしパラサイトは新一の抵抗に遭い、脳を奪えず右手だけに寄生することになる。右手に寄生したミギーと新一は共生関係を築くことになる。その頃、他のパラサイトは人間の脳を奪い寄生し、人間を捕食して生活していた。ミギーは好奇心から他のパラサイトとの接触を図る。

原作コミックだと岩明均の絵がかなりシンプルなので、グロ表現があまり気にならなかったけど、実写になるとキツイっすね。
みはじめて30分くらいで少し後悔した。かなりグロい。かなりキツイ。ビジュアルよりも音がグロいっす。
しかしある程度予想していた所もあるし、みはじめてしまったからには最後までみなさいルールが発動していたので頑張りました。
段々慣れてくる所もあって、最後の方はまあ抗体が出来てきていた、かな?先端恐怖症を煽る表現が少なかったからかな。でもグロいっす。

原作は昔、高校生の時だったかな。読んだことはあったんだけど、内容はかなりうろ覚え。
「人間とは」っていうかなり大きなものをテーマにしていたのは覚えている。
多感な時期だったからか分からんけど、いろいろ考えさせられる漫画だった。記憶がある。
人間とはなにか。どこから来てどこへいくのか。そうゆう壮大なテーマにふくれあがる。

寄生虫ではなく寄生獣となっているのにはもちろん理由があって、悪魔に一番近い生物は人間だという定義がある。
冒頭に流れる「人間の数が1/100になったら垂れ流される毒も1/100になるのだろうか」ということとか、
人間が捕食し、無駄にしている生命に比べれば、こんなものは微々たるものだし、自然なことではないか。というパラサイトの主張とか。
そもそもなぜ人間が一番偉い種族に位置づけられているののか?とか問われる。当たり前に考えず生活している事を根底から覆そうとしてくる。

人間も他の命を自分の命に変えて生きている。それは他の動物と一緒だけど、人間だけ食物連鎖から外れた存在になってる。
他の動物もただ生きる為に捕食しているだけなのに、熊が里山に降りてきたら射殺される。人食いサメも排除される。
まあでも人が食べられちゃってるの見て、しれっと「自然だね」なんて言えないし、今さら人間が野生に戻れというのも無理な話だけど
命の重みは同じでしょ?という事だとしたら考えさせられる部分はある。人間はいろいろと無駄も多いし、偉そうだし。

東出昌大くんは、怖い。ハンサムな顔してるのに怖い。棒読みって怖い。
でも一番怖いのはピエール瀧。もう本当に怖い。目が怖い。やっぱり棒読みで怖い。
彼は壁に書いてある文字を読んでいるかのように「ハハハ」と感情なく笑った。と村上春樹が書きそうな笑い方をする。
深津絵里は冷徹な役だけど、あんまり怖くない。むしろ良い役だった。存在感あって好きです。若い頃より好きかも。

映画として秀逸なものだとはあんまり思わないけど、これをみることによって原作を再読したくなる。
なんか映画で言っていることよりもっと大きなテーマ、メッセージだったような気がする、、

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The End_1558 下馬 / Nikon D610

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コツコツ婆さん再来
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The End_1557 殿町 / Nikon F3

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見捨てられた家屋
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「村上春樹 / 1Q84 BOOK 1」

長い年月を経て、いざ再読の敷居をまたぎました。長い作品なので、再読ですが何回かに分けて書いていこうと思います。
しかし、どこまでいっても僕に解説めいた文章は書けないので、あしからずご了承ください。単純に感想です。
いざ読み出すとズンズン進みます。彼の小説はだいたいが情景をイメージしやすく(合わない人もいると思うけど)物語に入り込んでいく事が多い。
中でもこの作品の牽引力はすごくて、ズンズン進んでいます。それはとても爽快なことの反面、もったいないと思う気持ちもあります。

1984年の東京。スポーツジムのインストラクターをしている青豆は、タクシーで都心に向かう首都高速の上で渋滞に巻き込まれた。タクシーの車内にはヤナーチェックの「シンフォニエッタ」が流れていた。時間に遅れることができない青豆は、タクシーの運転手に促され、首都高速の避難階段を降りることにした。運転手は「見かけにだまされないように。現実というのは常にひとつきりです」と言った。予備校の数学教師をしている天吾は、かたわらで小説も書いており新人賞に応募していた。そこで知り合った編集者、小松に見込まれて「ふかえり」という17歳の少女が書いた「空気さなぎ」という小説の書き直しをしないかと持ちかけられる。天吾は迷いながらも興味を持ち、ふかえりに会うことにする。

再読するにあたり、また楽しむという気持ちと並行して「この物語はどう建築的なのか」というのを念頭に置いて読みました。
とりあえずBOOK1が終わった所まででは、まだあんまり分かりません。でもいろいろある要素の部分部分が、ちょっとずつ結びついてくる感覚。
そして謎が深まるのと同時に、世界も広がっていく感覚はすごくドキドキしてしまう。まだ建築的な基礎の部分という感じかな。
それを伏線というのかもしれないけど、いわゆるミステリー小説の伏線とかとは、ニュアンスが違う。もっとこう、なんていうか、そんな感じなのだ。

村上春樹作品はファンと同じくらいアンチな人も多いと思います。特に女性でその差は顕著で、いわゆる言葉の言い回しが受け付けないという人と
セクシャルな表現に嫌悪感を抱く人は多いと思う。受け入れられる人は、同じ文章で「ロマンチックだわ」と感じるんでしょう。不思議です。
僕の廻りで村上春樹ダメって言う人(特に女性)は「1Q84」から入ってダメになっている人が多いかも。
「リトル・ピープルってなんですねん」って真剣に聞いてきた女の子がいた。それ聞いた時は笑っちゃった。まあ気持ちは分かる気もする。

青豆さんは村上作品の中で、かなり個性的な女性キャラだと思っています。スプートニクのすみれっぽい、かな?もっとクールか。
天吾くんは、カフカ少年っぽいかな、、もっと体格が大きいか。耳はカリフラワーのような形をしています。
村上春樹作品の始まり方で印象的なのは「ねじ巻き鳥クロニクル」のパスタゆでてるときにかかってくる女からの電話シーン。
それと同じくらい印象的な始まり方をします。首都高で渋滞により動けなくなったタクシーから降り、地上まで降りた事。運転手すげえ意味深だった。

パスタの時は、泥棒かささぎ流れて、タクシーの中はシンフォニエッタが流れている。青豆はそれを聴いてすぐにシンフォニエッタと気付く。
なぜか、ティンパニだ。そうゆう小さい事が色々と結びついてくる。しかもその文章に「どうだすごいだろう」的な雰囲気がない。そうゆうの好きだ。
他にも重要かつ超個性的キャラ、17歳の美少女ふかえり。あと僕の記憶が合ってれば、確かこの後「牛河」が出てくる。
ねじ巻き鳥に出てきた、ヤニっ歯でグヘヘと笑う牛河。あんなに不潔で不吉なキャラなのに、なぜこんなに登場が楽しみなんだろうか。

ちょっと断片的な文章になってしまってますが、もっと話たい事がいっぱいある。
もったいなくて本当にゆっくり読んでいますが、それでもずんずん進んでしまっているのが寂しいです。
先に進みたい気持ちと、僕も1Q84の世界に入ってしまっているので、その世界にまだ居続けたいという気持ちが混ざっています。
でもいつかは終わるみたいで、すでにBOOK2も読み終わってしまった。それはまた今度。

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The End_1556 千葉 / PLAUBEL makina 670

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ヒヤシンス祭り
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The End_1555 多摩川 / Nikon F3

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そもそもの違いなんてないのだ
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「さよなら歌舞伎町」

これは「さよなら歌舞伎町」というか「さよなら新大久保」にした方が良いかもしれない。
それだけ歌舞伎町感が薄かった。

歌舞伎町のラブホテルを舞台に、ある一日で起こった、訳ありの男女の模様を描いた群像劇。徹はミュージシャン志望の沙耶と同棲していたが、倦怠期を迎えていた。そして彼は沙耶に一流ホテルに勤めているという嘘をついていた。実態は歌舞伎町のラブホテルの雇われ店長だった。ラブホテルには様々な人間がやってくる。彼氏に内緒で働くデリヘル嬢。不倫仲のエリート警察官。風俗嬢のスカウトマン。そして音楽プロデューサーなど。それぞれの人がそれぞれいろいろな物を抱えていた。それは従業員にも同じ事がいえた。

一晩におこったことある場所(今回はラブホテル)を中心にいろいろつなげていくやり方。
それ自体は目新しいものではない、というか良くあるくらいな設定。
じゃあ他のそうゆう類のものとなにか違う所があるのか?、、特になかった。
この物語に哲学はあるか、なにか心に残った気持ち、もしくは無くなった気持ちがあるか。、、なかった。

韓国人のカップルがバスタブで泣きながら身体を洗い合うシーンは、ちょっと小栗康平の「眠る男」っぽかった。
意味深に長回ししてたから、なんかあんのかな、と思ってたら、、なかった。
もっと変なやつ、いっちゃってるやつ、怖いやつがわんさか出て来た方が歌舞伎町感あったんじゃないかな。
これ、場所を変えて「さよなら鶯谷」でもあまり変わらない気がする。そっちの方が良い気もする。

前にも書いたかもしれないけど、前田敦子はうまく俳優に転向してる気がする。
アイドル出身だけど、こうゆうゲスい役をやってる所も良い。AKBの時はどんなんだったか知らんが、今の前田のあっちゃんは好きだ。
寄生獣に続き、染谷将太主演の作品ですが、彼の独特な不思議な目はなんか吸い込まれちゃう。
まつげが長いからか、たまに女の子に見える。あとは、南果歩のいってるおばさん具合と、田口トモロヲの枯れた男感が良かった。

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The End_1554 駒沢 / PLAUBEL makina 670

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意識下にあるなにか
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The End_1553 羽田 / Nikon F3

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世界でいちばん退屈な街
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「北野武 / 龍三と七人の子分たち」

たっちゃんが面白かったといってたんだけど、目黒シネマでやってたの見逃して。
でも新作でみらまでもないんじゃないか、、という感じだったけどみごとに準新作になり、誕生月の割引もあったので。
ちなみに僕は北野映画に疎い。「菊次郎の夏」とか「キッズリターン」とか「3-4x10月」とか「あの夏、いちばん静かな海」とか。
、、それなりにみてるな。でも「アウトレイジ」でダメだった。ダメに決まってるのになぜか映画館でた気がする。それから距離を置いていた。

組を引退したものの、ヤクザの性分が消えない為、普通に生きていけない龍三。そんな中、龍三はオレオレ詐欺にだまされそうになってしまう。それを機に昔の仲間を集め、組を再結成することになる。年齢に関係なくまだまだいけると思っている彼らだが、行く先々で騒動を引き起こしていく。そしてオレオレ詐欺を初めとする、若いグループの全貌が見えてくる。

賛否あるみたいだけど、僕は面白かった。バカバカしくて良かった。中途半端に哲学とか説教とかなくて良かった。
たっちゃんは「ずっと笑ってました」と言ってたけど、僕もずっと笑っていた気がする。
わかりやすいしシンプル。元ヤクザだけどジジイだからかなり頼りない。威勢だけ。でも頑張っている感じが良い。
老体に鞭打ってかなり無理しているのに、まったく認めない感じがすごく良い。

男には、枯れる美学なるものがあるのだ。肉体は衰えど捨てられない気持ちや義理や人情があるのだ。
主人公、龍三親分がおれおれ詐欺の電話にまんまと引っかかるんだけど、本当に親身になって心配する。
でもお金がないから、指を詰めて勘弁してくれないかと本気で言う。バカだけど、愛がある。
口も悪いし、横柄だし、不潔だし、酒癖も悪いのに、出るとこでるし、涙もろいし、愛があるのだ。

若いインテリ系な輩が、ITやネットワークを駆使してアコギな商売をしているんだけど、
ある事件がきっかけで彼らに対して宣戦布告する。中尾彬の使われ方が雑すぎて笑うわ。
ぶっちゃけた所、傑作とはいえないかもしれないけど、たけしらしいユーモアが全編に流れてて、良かった。
主人公が70代の老人たちなので動きもテンポも遅いけどが、逆に気楽に見れた。終わり方も妙に引っ張らない感じで好きです。

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The End_1552 新代田 / PLAUBEL makina 670

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いつも通りのクールな永田さん
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The End_1551 渋谷 / Nikon F3

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紙の壁
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「ユーズド・カー」

ロバート・ゼメキスと、スピルバーグコンビ。いわゆるBTTF(バックトゥザフューチャー)コンビ。
BTTF好きだけどみたことなかったのと、ツタヤでプッシュされてたので、みてみた。

アリゾナ州で中古車店を営むルークは、高齢で心臓に持病を抱えている。部下ラソーはハンサムで口が達者なセールスマン。将来は政治家になるべく野望を持っていた。その選挙資金の6万ドルを貯めるべく仕事に励んでいた。この店にはライバルがおり、その店は道を
はさんだ向かい側に構えていた。ある日その店が送り込んできた刺客によって、ルークは酷い目にあう。それを機にラソーは復讐心を抱きつつも、ルークの目を気にせず自由なセールス商法を始める。

僕が生まれた1980年公開の映画。映画はその時代の雰囲気が、制作者の意図が組み込めれているにせよ、文章よりわかりやすい。
僕がまだ自我も自意識もない細胞の塊だった頃の時代はこんな感じだったんだな、と。それにしてはコメディ感満載のふざけた映画だけど。
いわゆるアメリカのコメディです。昔はアメリカンジョーク的なものが理解できなかったけど、ちょっと笑ってしまうのは歳をとったからか。
それともそれも人間の器みたいなものが大きくなったからだろうか!

基本的にはふざけたコメディ映画なんだけど、ちゃんと起承転結があって、映画としてはちゃんとしている。
ラブロマンスもあるし、エロもあるし、最後もちゃんと焦らすし。バカバカしい物語だけど退屈はしない。
だから総合的に言うとたいした映画じゃないんだけど、みても特に損した気にはなりません。
特にビーグル犬の演技には神がかりなものがある「アーティスト」ラッセル・テリアに近い物がある。

そして個人的に大好きなアメリカの車がいっぱい出てきます。タイトルがタイトルだけにかなりボロいけど。
でもアメリカ車って、ボロい方がらしいというか、ホコリかぶって、走るか走らないかわからない。そうゆうイメージが定着しています。
シボレー、キャデラックはあたりまえに。同じ車のはずなんだけど「アメリカングラフィティ」のような艶はない。まったくない。
他にもアメ車じゃないけどワーゲンやフィアットなど、僕が好きな車がいっぱい出てくるので、車好きには良いかもしれない。

1980年代のアメリカは、雑で下品だけど、なんか変な魅力がある。他にこの時代の映画ってあるかな。
とりあえず「ET」でもみるか。いで家のふたりもなんか言ってたし。

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The End_1550 林試の森公園 / PLAUBEL makina 670

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お化けの時間だよ
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The End_1549 若林 / Nikon F3

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禅問答に近い会話
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「村上春樹 / 回転木馬のデッド・ヒート」

前から「1Q84」再読のタイミングはあったけど、実現しなかったのは、手を付けたら他のが後回しになるから。
それだけ僕には未読の本がいっぱいある。そして「1Q84」に手を出したら、それに手を付けるのも結構な後になる。
実際「ダンス・ダンス・ダンス」の次はトマス・ピンチョンを読もうとしてたし。でもそれじゃいつまでたっても「1Q84」の出番はない。
だからどこかで踏ん切りをつけなきゃいけなかった。って時に中村さんにそっと背中を押された次第でございます。

でもその前にちょっとだけ短編を。というのは「ダンス・ダンス・ダンス」の後にすぐ大長編ではなく、一呼吸おきたかった。
前から読みなおしたいと思ってたし、短編なので長丁場前にサクッと読んどいたという訳です。
「回転木馬のデッド・ヒート」というタイトルがかなり好きです。格好良くて一番好きかも。
でも響きだけで好きと言ってたけど、まえがきにタイトルの由来が書いてあった。

以下引用ー
他人の話を聞けば聞くほど、そしてその話をとおして人々の生をかいま見れば見るほど、我々はある種の無力感に捉われていくことになる。おりとはその無力感のことである。我々はどこにも行けないというのがこの無力感の本質だ。我々は我々自身をはめこむことのできる我々の人生という運行システムを所有しているが、そのシステムは同時にまた我々自身をも規定している。それはメリー・ゴーラウンドによく似ている。それは定まった場所を定まった速度で巡回しているだけのことなのだ。どこにも行かないし、降りることも乗りかえることもできない。誰をも抜かないし、誰にも抜かれない。しかしそれでも我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートをくりひろげているように見える。

なんかよくわかんねー。笑とにかく、著者が人から聞いた話を著者なりにかみ砕き、物語に変えているという試み。
ポール・オースターの「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」のような雰囲気がするけど、因果関係は知らん。時期も知らん。
好きだった話は「レーダーホーゼン」と「プールサイド」という物語。前者は「英語で聞く村上春樹」みたいなので最近聞いてたので。
後者は最近歳を重ねた僕に響くものがあった「35歳になった春。彼は自分が既に人生の折り返し点を曲がってしまった事を確認した」で始まる。

これもまえがきにあるけど、これは短編小説ではない。小説ですらないかもしれないらしい。
それは著者が人から聞いた本当の話だからだ。著者はそれを「スケッチ」と呼んでいた。
人の話をここまで文章、物語として持ち上げるには、当たり前だけど文章力と、聞く力みたいなものが必要なんだろうな。
それか単純に好奇心かもしれない。僕は人の話にそこまで好奇心を持つことができるかな。。

話はそれるが、僕はもともと二つの事を同時に進める事ができない。
本を読んでる時は音楽を聴けないし、映画をみながらなにか別の事もできない。運動をしながら料理もできない。
僕は本が好きだからそれを優先すると、音楽を聴く時間が減る。それは寂しいことだけど、人生はトレードオフなので諦めていた。
でも最近は音楽の種類によってはそれができるという事がわかった。もちろん体調や気分もあるけど、これはかなり大きな事なのです。

あとラジオのNHKニュースも良いみたい。小さな音でなんとなくかけたりしている。
それからは生活でも静かな音楽をかけるようになった。クラシックや、現代音楽、ミニマルミュージックが良いみたい。
そしてもう一つが朗読です。先に書いた「英語で聞く村上春樹」とかなんとなくかけている。ちょっとマイブームかもしれない。詳しくはまた今度。
ちなみに僕は35歳ではなく36歳になった。サバを読んだつもりは、ない。

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The End_1548 渋谷 / PENTAX67

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モヘンジョダロの三月の気候
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The End_1547 油面 / PLAUBEL makina 670

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ジョン・マッケンロー対ビヨン・ボルグ
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「きみはいい子」

「そこのみにて光輝く」が好きだった呉美保監督作品。今回の「きみはいい子」もとても良い映画でした。
僕はこの監督の作品が好きみたいです。そしてこれは何回も言ってるけど、それ以上に池脇千鶴が好きです。
どっちの作品にも彼女は出演しているのでみました。動機はそうゆう曲がったものなんですが
結果として物語もすごく良かったので、どこか得した気がしています。

新米の小学校教師、岡野は真面目でひたむきな教師だが、優柔不断な性格もあり、生徒たちにあまり信頼されていなかった。夫は単身赴任で、3歳の娘と二人で生活している主婦の雅美は、娘に対して暴力を振るってしまうことが多くあり、その自分にも、止められない自分にも嫌悪感を抱いていた。そして一人暮らしの老女、あきこは少し痴呆が始まっていた。スーパーで支払い忘れたトマトを万引きと指摘され、なにも言えなかった。彼らは同じ街で暮らしていた。それぞれの大人が子どもとの関わり合いに悩み、苦しんでいた。

人は自分がされて嫌だったことと、同じことを人にする。大人も子どもも同じ。というのが率直な感想です。
そして世界は大人が考えているよりもシンプルということかも。大人が自分で難しくしているだけかも、と。
抱きしめるという、シンプルな行為でどれだけ世の中が平和になるかって事とか、考えたことなかった。
そもそも大人が、子ども以上に人に抱きしめられたいと思ってたりする事とか。なんかいろいろストレートに刺さった。

岡野先生のお姉さんには小さい子どもがいて、それは甥っ子になるんだけど、岡野先生が消沈してる時に抱きしめてくれる。
その時のお姉さんの言葉がとても印象的でした。以下引用ー
「あの子ね、私のマネしてやるんだよね。背中をぽんぽんって。私があの子に優しくすれば、あの子も他人に優しくしてくれるの。
だから子どもをかわいがれば世界が平和になるの。ね、母親ってすごい仕事でしょう。」って言ってた。すごく印象的。

編集がとっても上手、という感想を持ちました。シーンのつなげ方とかはわかりやすい例だけど、なんかやり過ぎてなく自然でいい。
同じシーンでも顔に当たる光の色温度が、本当にちょっとずつ変わってたりしてる。感情の変化を表してたのかな。偶然かな。
あと子役陣は神がかり的に演技がうまい。雅美の娘、3歳児で親の暴力を受けている。実際トラウマになるんじゃね?ってくらいリアルに殴られる。
雅美が手を振り上げると反射的に脅える。そのスピードがとても演技にはみえなかったんだよ。

でもそんなに暴力を受けていても、やっぱり母親のことを求めていて、母親に褒められたくて、抱きしめられたいんだ。泣きそうになった。
そして我らが池脇千鶴はやっぱりキーマンな役でした。優しさとは、壁を越えて親身になる行為のことを言うのかもしれない。
大人になると「人は人だから」という見えないルールのような物がある(僕は独り身だからあまり感じないけどある)みたい。
それを越えると押しつけがましいと言われる。でも押しつけがましくて良い。それは岡野先生の宿題が良い例。みな嫌がったのに結果笑ってた。

言葉にして求めないと誰も助けてくれないのか。でも目は口ほどに物を言っているし、空気で伝わることは少なくない。
それが子どものSOSだったとしても、言葉にされない限り入り込んだら押しつけがましいことになってしまうのか。「人は人だから」と。
押しつけがましくても、その境界を越えることが優しさだ、という事が言いたかったのかな。
そして極論、抱きしめ合えば世界は平和になるという事を言っているんだと思う。これは綺麗事に聞こえますか?

障害をもっている少年が言う。
「幸せ」は、晩ご飯を食べてお風呂に入って、お布団に入って、お母さんにお休みを言ってもらう時の気持ちです。って。
物語の終わり方はすごく考えさせられた。行動したという事だけで良いのかな。その先に広がる世界はどんな世界なんだろう。
小さいお子さんが居る方がみると、また違う感想を持つかもしれない。叩かれてる子どもをみると悲しくなるけど、感じるものはあるかもしれない。

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The End_1546 上野 / PLAUBEL makina 670

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