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エヴェレット解釈の夜
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The End_1376 渋谷東急工事 / PLAUBEL makina670

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小田急線を揺らす波
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「グザヴィエ・ドラン / トム・アット・ザ・ファーム」

町田で古着屋をやっているシモくんが、へべれけに酔っ払ってる時にグザヴィエ・ドランの話をしてみた。
そしたら「トム・アット・ザ・ファームみてくださいよ!」って5回くらい言われた。
どんな内容?との問いにはへべれけすぎて説明できてなかったけど、熱意は伝わったので、みてみた。
次の日シモくんに会ったらそのことまったく忘れてた!まったく、、。でもみてみた。

死んだ恋人の葬儀のために彼の実家を訪れたトムは、そこで自分と彼との同姓愛の関係がまったく母親に知らされていなかったことにショックを受ける。唯一その関係を知っている恋人の兄フランシスからは、母親をがっかりさせないためにも、絶対に二人の関係を口にするなと脅された。それは言葉だけではなく暴力を伴うものだった。

今までにみたドランの映画「胸騒ぎの恋人」と「わたしはロランス」みたいなエキセントリックなものはこの映画にはまったくない。
原作と共同脚本がミシェル・マルク・ブシャールという人、ドラン本人は脚本と監督、主演に専念している。
忙しすぎて、複雑な脚本を書く時間がなかったからと言ったらしい。ちょっとかんに障るのは僕だけだろうか。
原作が違うからか、前にみたものとは雰囲気がガラッと変わっている。性のあり方は主軸になっているけど、それ以上に暴力の描写が露骨だった。

ジャンルとしてはスリラーになるのかな。ヒッチコック的な臨場感がある。
そしてなんにしても暗い。絵も暗いけど、今までのドラン映画的な華やかさは皆無だった。
この映画、画面の縦横比、いわゆるアスペクト比が所々で変ってた。最初パノラマだったのに後半変わってた。
後で調べたら、これトムの感情によって画角を変えているんだそうだ。いろいろやってるんだなー。

がらっと雰囲気は変わってるんだけど、全部の物語に共通している部分も見つけられた。
皆がなんかしらに苛立っている。そして何らかの危機に直面して、身近な人と対立している。
胸騒ぎの恋人は、親友に苛立ち、恋という危機に直面してまわりが見えなくなっている。
ロランスは世間に苛立っている。そして生活や恋人との危機が伴ってくる。

今回のこの物語は。自分が恋人と認められてない事実に苛立っていた。でも心の奥にあるマゾな感覚。
それに征服されてしまう危機。でもそこには期待もある。徹底的に拒絶されて、暴力を浴び、従順になる。振り子。
ずっと逃げようと思えば逃げられる状況なんだもん。だんだんトムの心にそうゆう気持ちが芽生えていくのが見えた。
最初とは部屋のレイアウト、ベッドの位置が違うという演出も、生々しくてちょっと笑ってしまった。

ぼくはどちらかと言えば、こうゆう静かな映画の方が好きです。それはドランどうこうの話ではなく。
しかし、今までみたドランの映画とは対極にありそうな演出。こうゆうのも普通に撮れるんだ、という意思にもみえた。
なんかどんどん好きになるなー。最初の「若き天才」的な肩書きはもう邪魔になってない気がするし、ビジュアルも関係なくなってきた。
それは僕がグザヴィエ・ドランという人間を理解する為の良い傾向なんだ。なんとなく始まってしまったドラン祭りは、まだ続きそうです。

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The End_1375 渋谷 / Nikon F3

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ダムとバンバンジーの宮参り
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The End_1374 旗の台 / PLAUBEL makina670

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団地妻は今日もかわらず水道屋と浮気をする
文章整理してたら出てきた、いつか見た夢のメモ

暗闇の中うつらうつらしている僕は冷たいシーツの上で眠りと覚醒の間を行ったり来たりしていた。ステレオからは虫の声ほどの小さい音で誰かのポエトリーリーディングが流れている。デビット・シルヴィアンのようなおごそかで深い声だ。ブラインドの向こうには明るい夜空と、怖いくらい雄大な雲がごうごうと流れていた。視線を感じふと部屋の隅に目をやると、顔だけが暗闇に包まれて見えない女性が僕を見つめていた。さっきまで別のベッドに寝てたはずなのに。するりと猫のように僕のベッドに滑り込んできた。「金メダル取ったよ」と彼女は言う。気付けば暗闇に包まれた部屋に、テレビの光がうかんでいる。その逆光でますます彼女の顔は見えなくなる。「なんの種目?」と僕が尋ねると彼女は「瓦割り鐘つき100M」と言う。僕はのそりと身体を起こし画面に目をやる。音はでていなかったけれど、表彰式の中継のようだった。完璧なまでに太った白人男性と、その夫人がフラッシュと喝采を浴びていた。僕はその画面よりも、横たわる顔の見えない女性の背中に目が行く。暗闇の中に白い背中が浮かびあがり見とれてしまう、綺麗だなと思う。僕は彼女に尋ねた。「ここが世界の終わりなのかな?」彼女は黙ってタバコを吸っていた。煙は天井付近に漂いながら消えていった。明るい夜空をまた見上げると、真っ赤な月が僕を照らしていた。誰かのポエトリーリーディングはいつのまにか終わっていて、重い静寂が僕らのまわりにまとわりついてきた。

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The End_1373 代々木上原 / PLAUBEL makina 670

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絵の具で描いたような雨
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「リトル・フォレスト 冬・春」

夏・秋に続き、田舎における四季と、生活を描いた物語。「リトル・フォレスト 夏・秋」はこちら
「海獣の子供」の五十嵐大介原作。相変わらずお腹が空く映画だった。

東北地方の「小森」という集落で、自給自足の暮らしをしている若い女性。いち子の物語。都会から東北の実家に戻ったいち子が、地域の人々や友人と一緒に生活し、生き方を見つめ直す物語。自然の恵みを丁寧に料理し、食し、生きる様が描かれる中、断片的にいち子の過去や、哲学的なエピソードが挿し込まれていく。

お腹が空く、というのは料理のシーンが多いからなんだけど、特に砂糖醬油の納豆とお餅をあえたやつ。
それとストーブで焼いたシンプルな石焼芋はもたまんかった。あとケーキ。僕は完全に甘党の人間になってしまった。
これから僕の大好きな寒い季節がやってくるけど、この映像をみてて、その気持ちに拍車がかかる。
やっぱり食事が美味しいのは寒い時期の醍醐味だと思っている。あと布団の中。そして景色。

この映画は特別おもしろい!っていう感想がでてくる映画ではないと思います。
でも僕は個人的にこうゆう映画と、こうゆう映画を作ろうとする制作側の意向も大好きなんです。
結構お金かかってると思うけど、これ空前の大ヒットを狙って作る題材ではないもん。
でもそれがまた良くて、しかも二本に分けちゃうとか、余計お金かかりそう、、逆なのかな?

それと前回にも書いた記憶があるけど、橋本愛という女の子の手つき、それは料理も農作業も、今回は神楽まで!
わざとらしさがなく、何回も練習したんだろうなという雰囲気がとても出ていました。
付け焼き刃感って大体伝わる。自分の知らない分野でも「あ、この人下手なんだ」とか「なんか不安が付きまとう」とか、そうゆう雰囲気。
それがこの子の場合ほとんど感じられなかった。元々やっていたか、自分にちゃんと浸透するまで何度も練習したかのどちらかだと思う。

この子が自転車で疾走するシーンが季節ごとにあって、それがすごく好きです。いつも自転車に乗る僕はこんなに気持ち良く乗れているだろうか。
背景と音楽も相まって感傷的になり、昔好きだった女の子がいまどうしてるか、知りたくなるような気持ちを抱く。
もう一人、松岡茉優という女の子が出てくるんだけど、この人がすごく好きです。演技を含め、顔も声も。なんかこの子すごい。
橋本愛とケンカする件があるんだけど、シンプルに「ごめんね」「こっちこそ」って仲直りする。この流れが胸をついて不覚にも泣いた。35歳。

心が動く時の共通点として、どれだけ感情移入したかというのがある。物語が終わった後のことも、その人のことを想像できるかどうか。
それが良い方向にしても悪い方向にしても。そうゆう所に、心が動くかどうかが多きく関わってくるハズだと、僕は思っている。
この映画にはそれがあった。そしてラストの神楽のシーンは最高に良かった。手法としてはウォーターボーイズ式(持論)だけど良かった。
宮内優理の音楽と相まって更に良い。同時に自分のギターの下手さに嫌になるけど。

以下、母の手紙引用ー
何かにつまづいて、それまでの自分を振り返ってみる度に、私っていつも同じようなことでつまづいているなって。
一生懸命歩いてきたつもりなのに、同じ場所をグルグル円を描いて、戻ってきただけの気がして落ち込んで、
でも私は経験を積んだんだから、それが失敗にしろ、成功にしろ、全く同じ場所ってことはないよね。
じゃあ円じゃなくって螺旋だって思った。一方向から見たら同じ所をグルグル、
に見えてもきっと少しずつは上がってるか下がってるかしてるはず。それなら少しはマシかな。
んーん、それよりも、人間は螺旋そのものかもしれない。
同じ所でグルグルまわりながら、それでもなにかある度に、上にも下にも伸びていくし、横にだって。
私が描く円も次第に大きく膨らんで、そうやって少しずつ螺旋は大きくなっている。
そう考えたらね、私、もう少し頑張れるって思った。

前にも書いたけど、ラマパコスのリカちゃんにやっぱりみて欲しい映画です。
静かにみられる映画としてすごく好きです、そしてやっぱり山に行きたくなる。
とにかく今は森歩きをしたい。雨よあがれ!

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The End_1372 蒲田 / PLAUBEL makina670

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紙の壁のような関係
体調不良、そして雨ににつき本日のブログは、秘蔵の眼帯キャラ祭りです。萌えます。

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赤い毛糸の幾何学模様
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「グザヴィエ・ドラン / わたしはロランス」

んで、ドラン二本目。こないだのポストで書いたけど、僕はこの映画、大好きでした。心がえぐられた。
画角が6*7っぽい感じでした。今のビスタ、シネマスコープのパノラマな画角より僕は好きです。
個人的にパノラマ画角の映画は、スタイリッシュなんだけど、景色、シチュエーションとしてはあまり響く物がなくて。
僕のカメラの画角と近いからというのもあるのかな、どこか落ち着く。どっしりと安定した画でよかった。

カナダのモントリオールで教師をしていたロランスは、恋人のフレッドと共に安定した生活を送っていた。しかしロランスには心の中に「女性になりたい」という願望があった。ある日を機会に恋人に告白するロランスだったが、フレッドは戸惑いながらも応援してくれた。ロランスは職場でカミングアウトし、女性の洋服を着てメイクアップして授業に臨む。同僚や生徒にはある程度理解されたが、それが元で学校を解雇されてしまう。ついにはフレッドも精神的に耐えられなくなり、二人の関係にもヒビが入り出す。

まず前回の「胸騒ぎの恋人」で気になった被写体の近さは、こっちでもやっぱり近かった。でも慣れてきたのかそんなに気にならなかった。
「胸騒ぎの恋人」は本当にずっと近くて嫌になっちゃったけど、この物語は引いた絵もそれなりにあるし大丈夫だった。
その代わり気になったのはカメラワーク。一台で二人が会話しているシーンがあって、やっぱり距離感は近いのでそうゆうシーンを撮るとなると、、
Aの顔、振ってBの顔、繋がった手、またAの顔。ともうカメラがギュンギュン動く。臨場感、、といえばそうなんだろう。そうなんだろうけどね。

ちょっと引いて撮ればお互いの顔も手も、背景も全部入るのに。狙いなんでしょう、凡人と天才の差です、ごめんなさい。
表現の違いと言えばおわりだけどいわゆる僕の好きな「どのカットも絵になる映画」にはなり得ない感じ。引きの絵はドキドキしたけどな。
それ以外、例の極端なスローモーションはメタフォリカルなシーン以外はあまりなかったし、近いのもずっとじゃなければ大丈夫!
そもそも近いのが嫌いという訳ではなく「ずっと近くてスロモ」なのが飽きちゃうんだと思う、、「胸騒ぎの恋人」の話はもういいか。

「わたしはロランス」の話に戻ります。これは10年間のタイムスケールで語られる、二人の愛の物語だと思っています。
そして前作に続きグザヴィエ・ドランの特徴らしい「性のありかた」というキーワードは主軸になってきている。
男性として生きていたロランスは、自分が女性だと自覚する。そして女性として生きて行く決意をする。しかし愛する対象は女性。
フレッドは普通に男性を愛する女性だけど名前は男みたい。愛した男性は女性として生きる事を決める。それによって愛は形を変える、のか?

物語の中で性行為の表現はなかったから、その辺の設定はいまいち分からなかった。とにかく複雑な話だな、、と思ってたけど
一緒に映画をみてた子が終わった後に「性にはグラデーションがある」と言ってて、上手な表現だと思った。とても納得してしまった。
その複雑な性の表現&関係をみていると、僕は「海辺のカフカ」の大島さんを思い出さないわけにはいかなかった。
彼は肉体は女性であるが精神は男である。そして性の対象は男性、でも性行為に性器は使わない。女性でありながら精神的なゲイである。

大島さんもそうだったけど、問題はその性のグラデーションが社会に馴染んでいないという事にある。僕も「普通に男性を愛する女性」と書いたけど
そもそもそれが普通と言ってる所から違うことに気付かされる。物語の中で、女装したロランス(女装というその表現すら間違いだけど)
がレストランで白い目で見られる。その時にフレッドはロランスに代わって文句を言いつける。これでもかと罵倒する。みてて気持ち良かった。
だけど僕がその場に居たらどっちの人間なんだ?同時に差別、偏見についても考える。差別しないようにすることは差別している事でもあるのだ。

タガが外れるという表現があっているか分からないけど、この物語に出てくる人はタガが外れまくっていた。滝のように流れる水の表現がまさに。
それはメタフォリカルな表現をされていて、雪の街で二人が歩くシーン、例のスローモーション表現になり、空からカラフルな洋服が落ちてくる。
これはすごく美しいシーンで大好きだった。ポール・トーマス・アンダーソンの「マグノリア」を思い出したな。あれはカエルだったけど。
「海辺のカフカ」のナカタさんも、空からヒルとかイワシを振らせていた。普通に起こらないことだって、普通に起こるんだよ。的な表現かな。。

時代設定が2000年以前というこの物語。世紀末のあの頃、僕は10代ど真ん中だった。
世紀末というなんだか分からない雰囲気の時代。陰謀説、終末論がはびこり、どこか落ち着かなかったのは思春期のせいだけじゃなない。
あの頃この映画を発表してもあまり響かない気がする。今だからあのカオティックな時代の彩り(カラフルな洋服のメタファー)がある。
しかし、50代の監督がそれを描くなら分かるんだけど、20代の監督がそれを撮るのは、なんとも考えられないです。それがまた良いのか。

僕はこの映画をみてえらく感動してしまい、同時に色んなことを考えてしまい、しばらくは第6275445204回自分脳内会議が開催されていた。
そして記事として、この文章をかいている今でもまだいろいろ考えている。中途半端なレビューになってしまっています。
いつもの記事に比べて文章量が違うので、かなり影響されているんだろうと思います。決してミーハーじゃないの!全然違うの!
とりあえず彼の映画は全部みてみようと思います。まだ好きな監督って決めた訳じゃないからね!

もうひとつだけ、暗示的なものに「赤」がある。冒頭でフレッドが「もっと赤を!」と叫ぶシーンがある。それは物語にあまり関係ないんだけど、
それから映像には「赤」が要所に散りばめられていた。僕が気付いた点を上げると、、車のブレーキランプ、ネイルの色はいつも赤、口紅の色、
赤信号(編集で切ってまで赤に固執していた)コートの裏地は真っ赤、電話のコード、レストランに飾られた真っ赤なバラ、メガネのフレーム。
そしてフレッドの髪の色は赤、過去の場面になり髪の毛がまだ茶色い頃に入ったトイレは、代わりかのように壁が真っ赤。とても暗示的だった。

世界はメタファーで成り立っているのだよ、諸君。

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The End_1371 上馬近辺 / PLAUBEL makina670

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ナイフの畑
最近いろいろな人と知り合う機会が多く、僕自身、人に会うことは精神衛生的に良い。ということを痛感しています。
でも同じくらい、一人の時間の愛おしさも感じてしまう。なんでも「ずっと同じ」っていうのは良くないみたいです。
そんな中、僕のこのブログを長い間読んでくれている人にお会いしました。
最初その人は僕がこのブログの人とは気付かずに話していて、途中、何かのきっかけで気付いたんだと思います。
えらく感動してくれて、自分で言うのも恥ずかしいけど「今年いちばんテンションがあがっています」と言ってくれた。
こんなエゴイスティックな自己満ブログですが、やっぱりそうゆう言葉はとても嬉しい。励みになります。
反応を求めて書いてない所もあるけど、ずっと続けているとそれなりにテンションも上下するので。
気を引き締めつつ、これからもまた書き続けようと思う所存であります。どうかお気軽に、温かい眼差しで!

追記「もっと暗い人かと思ってました」とも言われました笑。褒め言葉!

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The End_1370 若林近辺 / Nikon F3

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鍋の火が気になる
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「グザヴィエ・ドラン / 胸騒ぎの恋人」

シアターで見たときは先に感想をかくことにしてるんだけど、展示会やなんやでバタついしまい、後回しに。
目黒シネマでやっていたグザヴィエ・ドランの二本立て。グザヴィエ・ドランという人間について。
いでたつひろくんと良かった映画の話をしていて、真っ先にこの人の名前があがった。
それから色々な人に聞くとみな口をそろえて賞賛していた。という訳でそこまで言うなら、と体験してきました。

異性でありながら親友同士だったマリーとフランシス。苦しくも二人がニコラという男性に恋に落ちてしまう。二人はニコラの思わせぶりな言動にいちいち期待し、苦悩する。片思いの駆け引き、嫉妬、妬み、エゴという様々な人間の奥底にある本質の部分に触れる。

グザヴィエ・ドラン。彼のことを調べると「美しき天才」とか「若きカリスマ」とかどこにでも書いてある。
先にそうゆう情報が多くなると、一気にミーハー拒否症が出てしまい、まずそこで壁が立ってしまう。
でも同性からみても彼の美しさというのには共感できたし、キレイな人だなー、と素直に思う。
でも最後までそのミーハー拒否感から脱却できない部分はあった。それはもう彼の映画どうこうではなく、自分の問題だけかもしれない。

冒頭からなんかいままでみた映画と違うような雰囲気がした。たぶん、その時はそう感じた。
今となってはその時に自分の中の「ドランテンション」みたいなものが変な風に上がっていたのかもしれない。
興奮して、冷静じゃなかっただけなのかは分からない。たぶんちょっと混乱してたのかもしれない。良い意味で。
どちらにしても世界に引き込まれたのは間違いないです。特別目新しい表現って訳じゃないのになんだったんだろう。

冒頭はドキュメンタリー風に撮られたいろんな人の体験談。不自然にもとれるズームのインアウトの繰り返し。
本筋にはいると映像は基本的に全ての距離が近い。背景がどうこうではないくらい近い。被写界深度も浅い。だからシチュエーションも想像する。
これは個人的にはあまり好きではなかった。近くて近くて。自分でファインダー覗いてたら絶対に一歩、二歩下がってしまう距離感。
それが天才と凡人の境目といわれたらぐうの音も出ないです。でも本当に近かった。かなり嫌だった。

あとスローモーションの使い方。人が歩いてる後ろ姿、超スローモーション+キャッチな音楽。そしてそれなりな長回し。
人の後頭部を撮るのが好きなのかな、そうゆうカットは多かった。これもあまり好きではなかった。
だってただ歩いてるだけで、特に意味もないシーンを格好良く撮っているだけ。格好いいのかもしれない、でも物語とは関連がない。
そのことには後で触れますが、それは僕の中でファッションでしかないんです。そんなものは物語に肉付けされた不必要なものに見えてしまうのだ。

物語について、ここからネタバレします。でもそんなにたいして深い話ではないので、ネタバレもなにもないかも。

結果から言うと物語に関して心が動くことはあまりなかった。同姓愛、若さ、友情の境目、性のありかた、社会。
色んな要素の中で細かい心の動きが描かれているのは分かった。そうゆうのはとても好きです。
でも物語としては、友達と同じ人を好きになってしまった、そして二人とも内的自己と外的自己の間で葛藤する。静かに狂う。
でもてんやわんやあった後にお互いが好きになったその相手は、別にどちらにも興味がなかったりする。

そして二人は友情を取り戻し、関係はより結託し、絆に近いものになる。。でもまた同じことを繰り返す、、
これはそんなに珍しいものではない。わりと腐るほどある。特にコミックの分野でありふれている。BOYS BE 的なあれだ。
そうゆう目新しい話ではないものに、美しき天才、目新しい撮り方、キャッチな音楽、そして同姓愛という要素がくっついてくる。
僕的には、、大した話じゃないのに、いろいろオシャレ要素がくっついて、なんか良い感じになってるだけ。という風に感じた。

だけど最初に書いたように、その時の僕は「だまされないからな!」という斜に構えた自分だったと思う。ニュートラルでみれていなかった。
映画は、言葉にできない心の動きという僕好みのものなのに、素直になれなかった。それは「若きカリスマ」的な言葉が邪魔をしたかも。
でもなんだろひとつだけ言えるのは、みて良かったし全然嫌いじゃない。ここまで僕の文章が進んるのはやっぱり影響力の大きさは否めない。
特に若い人、それこそ10代20代の人たちがみたらそりゃ感化されるわな。というのは想像できる。

でもさ、やっぱり僕が映画をみるうえで一番重要に思うファクターは、美しい監督でもなく、俳優でもなく、音楽でも撮り方でもなく、物語なんです。
もちろん物語の他に、監督も、俳優も、音楽も撮り方とかでテンションも上がるけど、やっぱり一番は物語なんです。それだけは変わらない。
とりあえずこの時点で僕のグザヴィエ・ドランランキングは、そんなに高いものにはなっていませんでした。
、、がっ!次の「わたしはロランス」をみて僕は全ての意見を覆すことになります。といったら大げさか。。

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The End_1369 代々木上原「ONE RACK」/ PLAUBEL makina 670

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レイト・フラグメント
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最近告知が多くて恐縮ですが、、
とても急な話で、本日、中目黒のLOJABACKALLEYでシルクスクリーンによるプリント大会を行います。
石人間のりょうくんが期間限定ショップを開いてる店のかたすみで行われます。
いでたつひろくんと、僕らの版を使ってお持ち頂いたもの、Tシャツでもカバンでもズボンでも。
できる限りの範疇でプリント致します。その場のノリです。
価格はプリントによりまちまちですが1500円~くらいだそうです。

9/5(土)15:00~お客さんいなくなるまで適当にやっています。
石人間のりょうくんが、デッドストックのロンTや古着の無地Tも用意してくれてるそうなので
手ぶらでなにも持ってこなくても、ソレを買ってプリントしてもOKです!
とにかく冷やかし大歓迎、りょうくんセレクトの洋服をみるついでにって感じで気軽に遊びに来てください。
それでは先週に続き、皆様にお会いできるのを楽しみにしております!

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The End_1368 多摩川 / PLAUBEL makina670

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人類における共有財産のゆくえ
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「岩井俊二 / 花とアリス殺人事件」

おかげさまでデビッド・リンチを大好きになったんだけど、ここまで立て続けにみるとさすがに疲れてくる。
なのでちょっと、気楽でかわいい映画をみたいと思って、久しぶりにアニメをみることにした。
といっても岩井俊二の「花とアリス」のアニメ版。実写の前日譚らしいです。実写の始まり方が思い出せないけど。。
アニメで柔らかい光の表現してたのは、いわゆる岩井俊二的なあの表現なんだろう、とてもきれいでした。

転校してきた中学三年生のアリスこと有栖川徹子。新しいクラスにはどこか異様な雰囲気があり、明らかにアリスはつまはじきものにされた。アリスは不思議に思い色々と調べているうちに、1年前にクラスでおこったある事件のことを知る。そしてアリスが引っ越してきた家の隣には「花屋敷」と呼ばれる家があり、そこに住む花という少女は不登校で家に引きこもっていた。アリスは花がなにか知っていると感じ花屋敷に潜入する。

この映画、おもしろいなー!という感想を持つ人はそんなに多くない気がする。
テンポはそんなに良くないし、アテレコが悪いのかセリフが悪いのか、なんか不自然だし。
劇的に物語は動かないし、いわゆる日常が淡々と語られるタイプの物語なので。
でも僕は好きだったんです。なんでしょう、好きだったんです。背景の絵の表現もとても好きでした。

女子中学生同士の微妙な年頃の、微妙な関係。男子のそれとは絶対的に違う物があるんでしょう。僕には永遠に分からない。
それでも共通する部分もあるみたいで、同じ人間として誰にでもおこるであろう普遍的な通過儀礼みたいなものがみえた。
元気で豪快なアリスでさえ、なんとも精神的に安定しない雰囲気がしたり、とても微妙な心の動きを描いていると思った。
そうゆう微妙な所を物語にする岩井俊二が大好きだったりするんです。アニメでも映画でも小説でも。

僕は男だけどその頃の時代の自分を思い出すきっかけになりました。子どもと大人のちょうど間の時期。
急にいろんなことが分かってきて、必要なものとそうでないものが自分の中でうまく分けられなくて、
必要でない、答えのないものまで真剣に考えてしまい、悩み、神経をすり減らす時期のことを。
今考えると自分と世界、社会との繋がり方を確立する時期だったんだと思う。

映画を見てて本筋とは関係ないそんな雰囲気を僕は感じてしまいましたが、決して暗くなくめっぽう明るい物語です。
リリィシュシュ的なあれはまったくありません。そしてちゃんと殺人事件?も進みます。ひっかけもなく、オチもまったく劇的じゃないけど。
きっと世界に自分の場所はあるし、それは一人でもきっと見つかるけど、二人ならもっと楽しいよね。
という雰囲気がとても微笑ましいです。同時にそんなに綺麗じゃないよ、とニヒルな感情も抱いてしまったけど。

そうそう、アリスが昔からやってたバレエを引っ越し先でも始める時、旧友に教室を紹介されるシーンがある。
それが僕の家のすぐ近くにあったバレエ教室だった。それで思い出したんだけど、実写でもそこでロケしてたんだった。
今ではその教室は閉鎖・解体されて跡形もないけど、小さい女の子が頭にお団子つくって、レトロな建物に入って行く光景がすごく良かったんだ。
今でもその跡地前をしょっちゅう通るくらいの近所なのに、まったく忘れてた。なんでもすぐ忘れていっちゃう。困ったもんだ。

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The End_1367 下馬 / Nikon F3

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暴力的な睡眠
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The End_1366 洗足 / PLAUBEL makina670

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ツーランホームランの後で
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「デヴィッド・リンチ / エレファント・マン」

少し間が空いてしまいましたが、とりあえず再開します。
デヴィッド・リンチ祭は続いていているけど「インランド・エンパイア」のハードルが高くて、
その前に他のリンチ作品でテンションを上げようとしている状態です。
この作品は「マルホランド・ドライブ」と肩を並べ名作とたたえられていました。

19世紀末のロンドン。外科医のフレデリックは見世物小屋で「エレファント・マン」と呼ばれる奇形の人間を見つけた。。彼は、ジョン・メリックという名前で人間扱いされずに生活していた。フレデリックは研究したい欲望にかられ彼を引き取るが、美しい心を持ったジョンに影響を受け、彼を助け、援助しようとする。しかしジョンの運命は数奇かつ、難解なものだった。

この映画、人権を尊重した良い話っていってる人がいたけど、そんなに良い話か?という感想が先に立った。
多発性硬化症という先天性の病気を患った、見た目は奇形でおぞましいものだけど、でも同じ人間には変わらないんだよ。
っていうシンプルに人権のことを表現している映画。それだけだと美談で終わるかもしれないけど、そこはリンチ作品、そうもいかない。
人間の汚い部分、心の奥の奥にある感情を描いていた。ねたみ、人の不幸は蜜の味、自分の名誉。どろんどろん。

ジョンを見世物にして日銭を稼ぐ男。面白半分にジョンをみて、驚き、気持ち悪がり、金を払う客。
研究の対象にして賞賛を得たかったフレデリック。病院の名前に傷が付かないか心配する院長。
奇形のジョンをみて明らかに嫌な顔をしていた人間が、ある名士がジョンを慰問したとたん、ジョンを優しい目で見だす。
そしてジョンに見舞いをするのが流行、ステイタスになる。僕はもう吐き気すらした。

彼はなんにしても普通に生きていたかったんだ。良い意味でも悪い意味でも、特別ではない普通の人間として。
それがラストシーンで表現されていたことだと思う。それをみた僕は、どうしてもこの物語が感動作だとは思えないのである。
冒頭に妊娠中の女性が象に襲われるシーンがある。その事故のショックが原因で、ジョンは奇形となり生まれてきた。
これはメタファー的表現で、実際そんなことあるのかわからん。でも象に襲われたのも、ショックを受けたのもジョン本人のことではないということ。

ぜんぶ自分のせいではないのに、誰かが決めた価値観に左右され、判断されること。その苦悩がありありとみえた。
最後までみて、ジョンはどうゆう気持ちでいたのか、どうゆう思いだったのか、かなり感情移入してしまい、辛かったです。
ジョン・メリックはジョゼフ・メリックという実在した人物だそうです。実際は先天的といえども、症状が出たのは1歳半くらいから。
それでも12歳くらいまでは普通に生活し、就職までしていた。冒頭の表現はリンチ的フィクションみたい。

この映画は1980年公開の映画で、外科医をアンソニー・ホプキンスが演じている。
羊たちの沈黙、ハンニバルのイメージが強いからあれだけど、かなりのハンサム路線。
でも目は変わらないんだな。。と思いました。若くてもお爺さんになっても同じだった。特徴的だからかな。
細かい表情の変化で、心の動きがみえた気がする。良かった。モノクロってのも良かった。

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The End_1365 多摩川 / PLAUBEL makina 670

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少年の聞いたくっきりとした音
今回つくったものをまとめて。

本業の仕事をこなしつつ、フジ暴と夜な夜なシコシコ作りました。
普段の仕事は担当ベースなので、手伝いはあれど共作することはあまりない。それは職種的にかなり難しいことだから。
だけどこうゆう異種で、しかもお互い素人という立場であーだこーだ言いながら作るのは、学生の時みたいで楽しかったです。
それと客観的かつ売り手の意見として、リョウくんの存在は大きかったと思う。ありがとう。
実際作ってみてダメなもの、良いものがわかってきて、新しいアイディアも湧いてきてとても良い経験でした。
いっぱい人と会っててんやわんやだったのに、不思議と買ってくれた人の顔はありありと思い出せる。良い経験でした。

フジ暴さん、おつかれさん。撮影につきあってくれたニコちゃんさん、おつかれさん。

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The End_1365 羽根木 / Nikon D610

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