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カリフォルニア生まれ荻窪育ち
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The End_1349 下北沢 / PLAUBEL makina 670

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この世は不思議なところね
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「デヴィッド・リンチ / ブルー・ベルベット」

デヴィッド・リンチ祭り、第四弾。
「ストレイト・ストーリー」「ワイルド・アット・ハート」とみてきて、ぜんぶ面白いんだけど、、
僕の求めているどこか不穏で怪しくキリキリした「マルホランド・ドライブ」にみえるリンチ感がないな。。
と思っていた。だけど、この映画には僕の求めているリンチ感がありありと見れました。面白かった。

ノースカロライナののどかな街。大学生のジェフリーは父が病気で倒れた為に帰郷していた。見舞いで病院へ行った帰り道、草っ原で人間の耳を発見する。ジェフリーは知り合いの刑事のウイリアムズにその事を伝える。しかしジェフリーはウイリアムズ刑事の娘、サンディからこの事件に関わる女があるホテルに滞在していると聞いた。好奇心を抑えられずその女の部屋に忍び込むジェフリー。その女は歌手で、夜な夜なステージで官能的に「ブルー・ベルベット」を歌っていた。

この映画は本当に面白かった。面白かったし恐かったし気持ち悪かった。不気味だった。キリキリした。
そしてこの上なくメタフォリカルで、でもマルホランドドライブほど難解でなく(筋道がハッキリしているという意味で)
映画としてとても完成度が高いものだと思う。とても楽しめたし、ハラハラしたし、、素直に面白かった。
少しマルホと比べると、どこか俗っぽさを感じてしまう。それは主人公の男の子がイケメンだからかな。とも思う。

サンディ役のローラ・ダーンは美人過ぎない美人で良い。歌手の女役のイザベラ・ロッセリーニは最高に怪しい美人で良い。
そしてなんにしてもデニス・ホッパーの存在感は無視できない。恐い、気持ち悪い、変態。の三拍子。
この前みた「トゥルーロマンス」のいかした父親像とはかけ離れた役、というか真逆の役だけど、すごく良い。好きな俳優です。
カイル・マクラクランだけイケメンで浮いてる。。でも今「ツイン・ピークス」をみてるんだけど、その刑事役の彼ははまり役。わからん。。

今までリンチ映画をみてきて、よく表現されている「覗き」という行為に気付いた。特にこの映画は顕著に表れていた。
人間の表面上ではなく、隠された裏にあるものを覗く行為。ブルーベルベットのドレスで隠したものの奥にあるもの。
そして世界は自分が知っている以上に狂っていて、不安定な成り立ち方をしていることが、みてて伝わってくる。覗いて世界を知ると言う事。
それが彼にとって映画なのかもしれない。村上春樹の「物語を体験するという事は人の靴をはいて景色を眺めるようなものだ」に通じるものがある。

結局の所、落ちていた耳が関係する殺人事件的なそれは、単純明快で謎に満ちていることはありません。
その普通の流れが俗っぽさを感じさせてしまったのかもしれない。その事件も特に解決しなかったとしたら僕的には満足だったかもしれない。
でもそれじゃ大衆的にはまったく満足しない難解な映画で終わってしまうのかな。僕はそうゆう意味深で終わる映画の方が趣味だけどな。
この世界は愛であふれている。その愛はコマドリが持ってくる。でもそのコマドリの口は昆虫がくわえられている。ってだけで良いのです。

歌手の女の部屋に何度も行く事になるんだけれど、そのホテルが本当に不気味で、宿命的に暗くて、恐い。
みてすぐに思った「これは村上春樹の羊をめぐる冒険にでてきたいるかホテルみたいだ」と。
それと、いま「ねじまき鳥クロニクル」を精力的に読んでいます。そこに出てくる真っ暗なホテルにも共通する。ドキドキした。
リンチと村上春樹作品の共通点はいろいろ語られているみたいだけど、僕は素直に嬉しかった。パクリ的な論議は不毛すぎて読んでいない。

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The End_1348 多摩川競艇場 / Nikon D610

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生物学的な嫌悪感
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The End 1347 羽根木 / SONY RX100m3

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かたまりの音楽
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「デヴィッド・リンチ / ワイルド・アット・ハート」

デヴィッド・リンチ祭り、第三弾。
1990年のカンヌ、グランプリ受賞作。

セイラー・リプリーは恋人ルーラの母親であるマリエッタに恨まれていた。セイラーはマリエッタの差し向けた殺し屋に襲われ、逆に殺害してしまい殺人罪で逮捕された。刑務所での服役を終え、ルーラはセイラーを迎えに行く。再会を喜ぶ二人だったが、マリエッタは依然として娘からセイラーを引き離そうとしていた。二人はマリエッタからの嫌がらせを避けるべく、思いきって州外に逃げ出すことにする。

前回の「ストレイト・ストーリー」が僕が思う「リンチ風」ではない物語だった。だけどこちらは序盤からリンチ風。
ぶっ飛んでいた。ぶっ飛び方が「マルホランド・ドライブ」とは違う種類の飛び方だった。
マルホが静かなぶっ飛び方だとしたら、こちらはストレートにハードにぶっ飛んでいた。
そしてこれ以上ないラヴストーリーだった。愛が世界を支えているのだよ諸君。

追いかけてくるマリエッタを背後に感じながら、いろいろなアクシデントをくぐり抜け愛を求める二人の逃避行。
彼らには現実的なものはなにもなく、酒とダンスとセックスだけしかない。それでも二人の愛だけは真実だと思って逃げる。
僕はこの物語をみててマリエッタが狂っているのか、それともこの二人が狂っているのかわからなくなって来た。
そもそもこの世界が狂っているんだよというリンチの問いかけにも取れた。二人が最上級のバカップルということだけは真実だったけど。

意味深にマッチをこすり、炎のアップ映像とエレキギターの効果音、そして「ラヴ・ミー・テンダー」
リンチ的なメタファーにあふれた映画です。だけど最後のマリエッタをみて、この物語のベースに気付いた。
レビューとかみると、皆さん最初の方に気付いてるみたいだけど、僕は最後の最後まで気付かなかった。
それを元に物語を思い出してみると、いろいろ気付くことがある。今作はすぐに見直したりはしなかったけど。。

先に書いてしまうけど、今「ツイン・ピークス」をみている。封印したアメリカドラマだ。ハマっている、と思う。
リンチ作のドラマで、ある田舎で起きた殺人事件を取り巻く物語。陰鬱で精神的に絞られるリンチ表現であふれている。
それとは対極にあるこの映画ですが、これはこれで細かい所に意味が散りばめられていて、伏線も張られ、意味も通っている。
僕はどんどんリンチを崇拝して来だしている。とりあえずツインピークスを全部見ちゃおう。

ニコラス・ケイジは若い頃から薄毛だった。お爺さんは昔からお爺さんのまま。と同じかどうか。
でもニコラス・ケイジは好きな俳優のひとりで、始めてみたのは「コン・エアー」だったかな?
「ナショナル・トレジャー」もインディジョーンズとダヴィンチコードが混ざったような話だけど、好きだ。笑
最近はあまり聞かないな「キックアス」以降みてないけど、好きなのでどんどんスクリーンでみたいです。

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The End_1346 鷹ノ巣山 / Nikon D610

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多忙な人からの電話
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The End_1345 代々木 / SONY RX100m3

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悩ましい問題
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「デヴィッド・リンチ / ストレイト・ストーリー」

「マルホランド・ドライブ」を結局3回見直すことになり、デヴィッド・リンチ熱がものすごく上がりました。
中毒、依存症といっても良い程デヴィッド・リンチを求めている自分がいた。
意味深でメタフォリカルなストーリー。胃の底の方に響く音響。決まりすぎた画。終わった後の喪失感。
全部がツボにはまってしまった。という訳でこれから空前のリンチブームが始まります。

アイオワ州に住むアルヴィン・ストレイトは70歳を越えていた。娘のローズと生活をしていたが、家の中で転倒してしまいそれがきっかけで杖がないと歩けなくなってしまう。ある日アルヴィンの兄、ライルが脳卒中で倒れたという電話が来た。二人は長いこと音信普通の仲で数十年会っていなかったが、アルヴィンはライルに会いに行くことを決意する。しかしアルヴィンは杖を使ってやっと歩けるくらい。その上目も悪いので車の運転もできない。考えたアルヴィンは芝刈り機を改造し、560km離れた兄の元へ向かうと言い出す。

デヴィッド・リンチのような人間を、才能がある人間というんだと思う。不可解で難解さが特徴のリンチだけど、こうゆう「普通の映画」も撮れる。
しかも余裕でしゃくしゃくで、お茶の子さいさいに。という感じがプンプンする。そして普通に感動し、普通に面白い。
こうゆう普通のものに飽きちゃって、マルホランド・ドライブみたいなの撮っちゃうんだと思う。
あんなの才能がないと絶対にできない。才能がある人は同じくらい努力している。という言葉のもっと、本当に次元の違う世界だと思う。

お爺さんが生き別れた兄に会いに行くロードムービー。という「マルホランド・ドライブ」とは似ても似つかないシンプルなもので
みている人間の大半、いや9割は理解できそうな普遍的な映画。そしてそれは適当に作った物語ではなく長く生きた人間の哀愁と
人生の終りに向かう心の動きが丁寧に描かれていて、シンプルに感動してしまった。ラストも多くを語らずがとても良いです。
いきなり出てきた汚いお爺さんが、パリ・テキサスのトラヴィス役の人だったのは笑っちゃったけど。汚い役が得意だな、笑。

アルヴィンを演じたリチャード・ファンズワース。赤毛のアンのおじいさん役。
こんなことを書くと意外に思われるかも知れないけど、僕が子どもの頃に始めて異性を意識したのはたぶん「赤毛のアン」だ。
母親がモンゴメリのファンで、それの影響かで赤毛のアン映画版をみた。その時のアン役ミーガン・フォローズにドキドキした記憶がある。
だから今でもこの映画をみるとその頃の記憶が甦る。プリンス・エドワード島が僕の原風景の一つなのだ。意外でしょ?久しぶりに観たいな。

話はそれたけど、ファンズワースはその時からヨボヨボのお爺さんだった。今作でもヨボヨボのお爺さんだった。
お爺さんはずっとお爺さんだったりする。アルプスの少女ハイジのお爺さんの若い頃なんて恐らくない、のだ。
ファンズワースはこの映画が公開された1999年の翌年、ショットガンで自殺をしている。赤毛のアン効果もあり好きな俳優だったので残念です。
お爺さんのショットガン自殺と聞くと、ヘミングウェイしかでてこないのは僕だけではないと思う。高齢の自殺ほど寂しいものはない。

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The End_1344 水根 / Nikon D610

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私は青豆
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The End_1343 赤羽 / SONY RX100m3

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デタッチ・タッチ
鷹ノ巣山(1736m)

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The End_1342 鷹ノ巣山 / Nikon D610 と SONY RX100m3

鷹ノ巣山山頂を後にして、下り道、またはフラットな道に悦びと安心を感じながら石尾根を進みました。
冬の雪景色も良かったけど、夏の緑あふれる石尾根の道も気持ち良かった。雲の隙間からちょいちょい景色も見えるし。
予定ではこのまま奥多摩駅まで歩いて戻る計画だったんだけど、体力の様子をみて決めようとしていました。
天候さえ悪くならなければ奥多摩駅まで歩ける余力は二人ともあったと思う。でも水根山あたりからまた雨が降ってきた。
それでも僕は傘をさしてルンルン歩いていた。登りの時の霧がかった幻想的な森の数倍濃い霧に包まれて、テンションが上がっていた。
「海辺のカフカ」のカフカ少年が森の奥へ奥へ入って行くような気分。不安と恐怖をまとった濃い霧がとにかく美しかった。

だけどそんな甘いこと言えないくらいの雨になってきて雨具を着込んだ。これはこれで新鮮だなと思ってたけど、雨はすぐに土砂降りになった。
登山道はみるみる小さな川に変わり、視界は1m先も曖昧にしか見えないくらいだった。言葉通り本当の土砂降りだった。
前に通ったことがある道だったので大丈夫だったけど、知らない道だったら冷静に方向を選べてたかな。。
雨は止むどころか酷くなる一方で、結果的に2時間くらい続き僕らを苦しめた。そしてついに雷まで鳴り出した。
閃光が走ってから音がするまで2~3秒もない。それだけ雷の近くに居るということだ。そして体験したことの無い大きさの雷鳴。というか地響き。
僕らは樹林帯にいたから良かったけど、稜線でこんなのに出くわしたら死を意識するわ。、、いや、嘘だ。この時もすげえ恐くて死ぬかと思った。
山口くんとふたりで「こえー!」って叫んでいた。30代の男二人が、びしょ濡れで、山の中で泣きそうになっていた。笑
その時はもう帰りたい、屋根ほしい、もう山なんか嫌だ、カメラ大丈夫かな。と、ネガティブな感情しか出てこなかった。
でも今、安全な場所にいて冷静に考えると、死を意識するということは、生きる実感を持つということだったりする。とかいったら大げさかな。
でも、あれをまた体験したいとは思わないけど、あの時ほど生きてる実感を得られることはない。とか思っちゃうのだ。
少なくとも実生活でほとんど感じることのない、いきいきとした実感みたいなものは、雷雨を抜けたときに確実に抱いていた。
もちろん安全にこしたことはないけど、そうゆうものを感じられる可能性のある山にまた行ってしまうんだと思う。

話は戻り、六ッ石山まで自分を殺し、ただ黙って歩を進めた。これも知ってる道だったから、なにも考えず歩くことに集中できた。
六ッ石山まで来て、奥多摩駅方面と水根(奥多摩湖)方面に下る道の分岐。一応意思の確認をしたけど二人とも一致で水根方面へ下る。
奇しくも前に歩いたルートとまったく同じものになってしまった。けどその時点でまだ土砂降りは続いていたので、他の選択肢はなかった。
六ッ石山山頂はもちろんスルー。小走りで駆け抜けた。雷恐い。それから尾根道をズンズン下っていたら雨がやっと小降りになってきた。
やっと樹林帯に入り、ここから奥多摩っぽい急で長い下りが続くんだよな。。と思ってたら、山口くんの様子がおかしい。
下り道&ぬかるんでると言えども歩き方がおかしかった。声をかけると足首をぐっきり捻挫したそうだ。
大したことはないと言ってたのでとりあえずゆっくり下ることにする。そう、登ったからには下りないとしょうがない。
時間が経つにつれて辛くなってきてるみたいで、明らかにペースダウンしてた。下りだからこそ余計足に負担がかかるんだろう。
幸いにもその頃には雨もほとんど止んでたけど、この急な下り道が長いのは知っていたので、彼になんて言おうか迷った。
短めに言った方がテンション上がるのか、長めに言っといて急にゴールを迎えた方が良いのか。。
いろいろ考えた結果「頑張ってー」しか言ってなかった気がする。でも本当にしょうがない。登ったからには下りないとしょうがない。
いかんせんまだ元気だった僕は、途中から山口くんの荷物を持って下った。恐縮する彼に「大丈夫大丈夫!」と笑ってたけど、正直辛かった。笑
だってそれまで食事してないから、食料と水もたんまり入っててクソ重い。ましてや道もぬかるんでいるのと、ふもとの樹林帯の蒸し暑さ。
登りの時以上に汗が噴き出た。でもそうゆう時顔に出さずに頑張っちゃう自分がいる。まったく素直じゃない。

コツコツと下山してると雨に洗われた森がキラキラしていた。霧はまだ出ててそれを西日が照らして、それはそれは美しかった。
そうゆう景色に助けられながら歩いていると、だんだん奥多摩湖が見えてきて、最後に民家の横を抜けアスファルト道に戻った。
そこに水道&ホースがあったので、僕は半裸になって水を浴びた。これがまた最高に気持ち良い。丹沢でもそうしてたけど夏の登山の気持ち良い所。
それから奥多摩湖畔まで下り、屋根のあるベンチ(屋根!)でやっとお昼ご飯を作って食べた。すでに午後4時半でした。
行動食以外、ほとんどなにも食べずに良く頑張りました。でもそれってリスクになることだよな。。手軽に食べられる物がないといけないみたい。
しかし屋根ってすばらしい。乾いているってすばらしい。虫がいないってすばらしい。幻想的な奥多摩湖を眺めながら、すばらしくご飯もうまかった。

山口くんにとって、前回、日向山でお試し登山をしてみてからほぼ初めての登山。それがとんでもないものになってしまった。
急登、虫、景色見れず、豪雨、雷、怪我、、と山を嫌いになる要素のオンパレード。稲村岩尾根をチョイスしているボクもボクだけど。。
これはもう登山に心が向くのは無理かな、、と思っていた。それはそれでしょうがないかな、、と思っていた。
正直今回ので、僕も嫌になった部分はある。だけど毎回のことだけど、2日後くらいにまた山に行きたい熱が上がって来る。虫は嫌だけど。
これは僕の個人的な感想ですが、想像していた夏山の素晴らしさって奥多摩とか丹沢の低山ではなく、八ヶ岳やアルプスとかの高山にある気がする。
でも僕は今あんまりそっちの方に気が向いていない。日帰りで、近場で、気軽に山の中をハイキング。ってのが良いみたいです。
だけど、そうなると夏の低山は気持ちが悪いことが多い。気温、湿気、虫、天候など。僕は秋から冬、そして春の山が好きなのかもしれないな。
後日、別件で山口くんと話した。捻挫は大したことなかったみたい。なによりも意外とそんなに山テンションが下がっていなかった。
これは登山病にかかったか?と思っていますが、静かに見守りたいと思います。まあ無理のない程度で。
でもふたりであの雷雨の中を歩いたのはずっと忘れないよね。笑。おつかれさまでした。

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笠原さんの残虐性
鷹ノ巣山(1736m)

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↑到着時点での山頂、まっしろ!

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The End_1341 鷹ノ巣山 / Nikon D610 と SONY RX100m3

約二ヶ月ぶりの登山です。半年ぶりの奥多摩。梅雨の間、合間の天気を見計らってどっか行こうと思ってた。
だけど仕事がばたついて、落ち着いたかと思ったら雨ターム。晴れ出したら仕事が忙しくなる。
という感じで結局梅雨明けまで山には行けませんでした。そして無事に梅雨明け、となると今度は体調を崩す。。
それもなんとか立て直し、無事に久しぶりの山に行けました。念願の夏山です。
前から考えてたんだけど、夏になったら奥多摩の鷹ノ巣山に行こうと思っていた。
冬に一人で登って辛かったけど山頂で感動した。でもそれから低山といえどいろいろ登ってきて、、
今あの景色と対峙して同じように心が動くのか。今まで見たことなかった景色だったからだけで感動したのでは?
という疑問が湧いてきた。じゃそこんところどうなのか確かめに行こう、という感じです。
梅雨が明けたらどっか登ろうと話していた山口くんと、久しぶりの登山でソロじゃない登山。新鮮でした。

前回の鷹ノ巣山のもようはコチラ

鷹ノ巣山、どうせなら前と違うルートが良いな思ったけど、平日だとバスの本数が極端に減りうまく計画できなかった。
なので前回と同じ中日原から稲村岩尾根を登ることに。冬に登った時と違い、あたりまえだけど雪がないので新鮮でした。
といってもずっと変わらない景色、ずっと続く登り、夏の気温と吹き出す汗、そしてまとわりつく大量の虫と、いろいろ大変だった。
最初の急登を終え、稲村岩との分岐の所で休憩したらみるみる体調が悪くなってきた。今考えると軽い熱中症だったのかもしれない。
汗で塗れたTシャツが身体を冷やし、だるさ、胃もたれ、吐き気、眩暈を覚えた。シャツを着替え、座ってサラミ食べてたら良くなってきた。
しかしあれはちょっとやばかった。そこからまだ2時間半くらい登りという現実を受け止められず、ネガティブになり、本気で帰りたかった。

なんとか体調も取り戻し、それから山頂までは冬山の時の辛さとはちょっと違う、夏山のまた違う種類の辛さだった。
雪道は歩くのが大変と思いきや、根っことか踏む箇所をあまり気にしないで登れるので、ある程度の雪なら楽な部分が多いみたい。
やっぱり嫌なのが虫。写真撮ろうとか、水飲もうとか、ちょっと立ち止まるとすぐに集まってくる。かなり、かなり辟易した。
山頂まで半分くらい来たところで、川のせせらぎみたいな音がしてきて、結構登ってるのにおかしいなと思ったら雨だった。
といっても気になるレベルではなく、どちらかというと霧がかった森が神秘的でテンションがあがった。とりあえずその時は。

それからなんとか登り道にも耐え、目印ポイントの「ヒルメシクイノタワ」を見逃して、気付けば山頂直下の急登。
これを登れば一気に開けてあの景色、、と思ったけど、、真っ白でした。完全にガスの中。
これはかなり残念だったけど、山口くんは登ってきた達成感が大きかったみたいで満足そうだった。なので、まあ良かった、のかな。
もう登らなくて良いという安堵感の方が大きかったかもしれないけど。できるなら富士山まですっぽんぽんの景色を見せてあげたかった。
予定では山頂でお昼ということだったんだけど、相変わらずのすごい虫で食事どころじゃなかったのでとりあえず歩を進めることにした。
という訳で石尾根を下りだしたらいきなり晴れだした。とりあえずまた山頂まで戻ってみるとちょっとずつ雲が切れてきて、少しだけ景色がみれた。
さすがに富士山までは見えなかったけど、まあ良しです。なによりも虫が本当に本当に大変で止まりたくなかった。

でもその時はこの先もっと大変なことになるとは思ってもいなかった。

つづく!

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国立競技場の話とか、ロゴデザイン盗作疑惑とか、ユニホームデザインの賛否とか。
みんなそれなりにオリンピックに真剣なんだなー、と他人事に思っている。まったく興味がわかないので。
開催されればそれなりにみるんだろうけど、ただでさえ狭い東京に海外からわんさか人がやってくる、しかも夏。
想像するだけで今から億劫でしょうがないのである。そもそも僕はお祭りごとが苦手な人間なんだ。
静かに日常が、ただ当たり前に過ぎていくことに幸せを感じるタイプなのです。
国立競技場の設計が誰になるのかは、ちょっと気になっているけど。

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The End_1340 武蔵野台 / Nikon D610

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間宮中尉の長い話
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「村上春樹 / ノルウェイの森」

再読、おそらく、、3回目?なので上下巻まとめての感想です。
ベタですが、僕が村上春樹小説にはまるきっかけになった作品です。その頃と印象は変わってるかな、、と期待して読んだ。
前に書いたけどトニー・スコットの「トゥルー・ロマンス」のことをブログに上げた日にこの本を読み終わった。
その日仕事で伺ったお店のモニタで流れていたのが「トゥルー・ロマンス」でBGMは「ノルウェイの森」だった。

1968年大学一年だったワタナベは高校時代の同級生、直子と再会した。当時行動を共にしていたキズキという男の恋人が直子で、よく3人で出かけたりしていた。しかし、キズキが練炭自殺をした後会うことはなかった。僕と直子はそれから頻繁に会うようになったが、直子の20歳の誕生日に関係を持ってから、直子はワタナベの前から姿を消した。

まず性描写について。村上春樹の小説ではおなじみ(という表現があっているかわかりませんが)の性描写。
確かにエロい。表現も説明も緻密すぎてエロい。特にこの小説では「ポルノ」と批判されたのに少し納得してしまうくらい回数が多い。
でも彼の作品を何度も読んできた僕としては、単にエロいってだけで片付けられなくなる。裏の意味があるような気がしてくる。
いや、確実にある。だけどこの小説は特にエロ表現が多いのは確かだ。それはもうしつこいくらいに。

中でも緑という女の子の存在は、この小説のヒロイン直子の存在を脅かすくらいの存在だ。
それは強気で、チャーミングで、自分勝手で、嘘つきで、強情で、明るくて、でも影もあって、エロい。映画版だと水原希子だった。
映画版のキャスティングについてもの申したい気持ちはあるけれど、水原希子だけはピッタリだった気がする。演技のうまい下手はおいといて。
いわゆる生意気そうな女の子、ということ。これがまたチャーミングなんです。僕は特に水原希子のファンではありません。

あとこれも村上春樹の小説でよく言われることがあるけど、、
「やれやれ」にも共通して言える「そんな会話実際してたら気持ち悪い」的な批判。
小説だからある程度はしょうがないと思し、良いと思う。だけど、、
そんな僕でもこれはちょっとどないやねん。みたいな会話はあった。それが以下のやりとりです。

緑「わたしが気持ち良くなることを言って」
ワタナベ「すごく可愛いよ、ミドリ」
緑「すごくってどれくらい?」
ワタナベ「山が崩れて海が干上がるくらい可愛い」
緑「あなたって表現がユニークね」
ワタナベ「君にそう言われると心が和むね」
緑「もっと素敵なことを言って」
ワタナベ「君が大好きだよ、ミドリ」
緑「どれくらい好き?」
ワタナベ「春の熊くらい好きだよ」
緑「春の熊?」
ワタナベ「春の野原を君が一人で歩いているとね、向こうからビロードみたいな毛なみの目のくりっとした可愛い子熊がやってくるんだ。そして君にこう言うんだよ。『今日は、お嬢さん、僕と一緒に転がりっこしませんか』って言うんだ。そして君と子熊で抱き合ってクローバーの茂った丘の斜面をころころと転がって一日中遊ぶんだ。そういうのって素敵だろ?」
緑「すごく素敵」
ワタナベ「それぐらい君のことが好きだ」

どないなことになってんねん、とは思う。
でもこうゆうのも含めて僕は村上春樹が好きだ。
同じくらい、こうゆう所が気持ち悪くて村上春樹が嫌いだ。
っていう人は多いんだろうな。ま、どっちでもいいんだけど。

前に読んだ時の正確な感想は覚えてないけど、少し新鮮な気分でした。あれ、こんな物語だったっけ?というのが正直な感想。
全体的な意味での喪失感はとても大きく、その時失ったものは37歳になったワタナベでも変わらず失っている。失い続けている
人間は生きていけば行くほど失い、損なっていくんだと改めて痛感します。生きていけば行くほど虚しくなるのもそのせいか。
変わるものはいっぱいあるけど、変わらないものはずっと変わらないということも。

村上春樹の小説でよくある概念の「向こう側とこちら側」というものも、直接的ではなくてもちょっと雰囲気があって。
キズキは向こう側にいってしまった人間。ワタナベは個チラ側の人間。そして直子はその狭間で揺れている。
それに影響されて、ワタナベもフワフワする。それに付け加え緑というエキセントリックな女の子まで出てくる。
人ごとだけど「ワタナベ、おぬし大変だな、、」と同情心を抱きながら読んでいました。

この小説は僕の村上春樹ランキングで、上位に食いこむものではありません。
でも冒頭に書いたとおり村上春樹にずっぽりハマるきっかけになった作品として、少し違うポジションにある作品です。
コレを機に僕の村上春樹体験は始まったといっても過言ではない。
それが良かったのか悪かったのか、、そうゆうことは考えないようにします。

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The End_1339 是政 / Nikon D610

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