蛭ヶ岳(1567m)









The End_1282 蛭ヶ岳 / Nikon D610 と SONY RX100M3
蛭ヶ岳から大倉バス停までのとっても長い下山を開始しようと、ベンチで脱いでた靴の紐を結んでいたら太ももの裏がつった。
あまり経験ないけどつるのって痛いのね。ストレッチしてもなにしても痛い。だけど治らないので諦めてそのまま下山することにした。
下りは大丈夫だけど登りの時に痛みが走った。気にしないで歩いてたらいつの間にか治っていたけど辛かった。どうやって予防するんだろう。
帰り道も相変わらず富士山はそこにあり、牧歌的な稜線とたまに出会う登山者が僕を安心させた。
午後だからかなんなのか、行きよりも暑くて夏山の気配でした。それはそれでとても新鮮なんだけど体力は削られる。
行きに少し怖かった鬼ヶ岩ですが、今度は登りなので怖くなかった。だけど登り切って少し行った所で首にかけてたサングラスがないのに気付く。
杓子山の連続トレポ紛失事件が脳裏をよぎる。でも鬼ヶ岩を登る前に取り付いている人が先に見えて、サングラスを外した記憶があった。
それから鬼ヶ岩を登り切って気付いたからその間に落としたことは分かった。なので覚悟を決めて戻る、ということはまた鬼ヶ岩を下る、また怖い。
ご丁寧にサングラスは鬼ヶ岩のスタート地点に落ちていた。鬼ヶ岩を二往復、高所恐怖症なのに何回怖いところ登らすねん!とひとりごちた。
でも誰のせいにもできないのが山なのも分かっている。分かってきた。あまり考えないようにして、無心に歩を進めた。
話はそれますが、実際に僕のことを知っている人は、サングラスというアイテムに違和感を感じたでしょう。
僕のイメージにサングラスというものは結びつかないはず。でも山を登ってると眩しくて、目が疲れるシーンは少なくない。
晴れた雪山もしかり、初夏の強烈な光線もしかり。眉間にしわを寄せ続けるのも割と疲れるものです。なのでサングラス。
登山を始めてからそうゆう道具に敏感になったという自覚がある。自然という場所に持ち運ぶうえで、機能と利便性を考え物を選ぶ行為。
便利すぎの高機能(高額)グッズは、山なんだから多少不便で良いじゃないかと思う所はあるけど、便利は便利で素晴らしい。
ウェアも山用の防寒着とか着ると冬場は日常でも手放せなくなる。特に自転車に乗ってるとそう思う。いままで僕はどうしてたんだ!?ってなる。
2-tacsのブログにあったけど、新しく始めた事により無かった視点やアイディアが生まれる。サードアイ的な視野は自分を広げる感覚がある。
なによりもいろいろ試行錯誤することが楽しい。ウェブで見ると自作グッズ製作してる人も多い。その気持ちもすごく分かります。
取り急ぎいま僕が今一番欲しいものはミシンだったりする。去年までの僕には考えられなかったことです。でもミシンって高いのね。
とにかくサングラス、この季節の自転車にも欠かせないアイテムになった。自分で言います、見た目とてもチャラいです。でも便利です。
話は戻り、いい加減足が限界に近づき、諦めてどっかで休憩するかって頃に丹沢山まで戻って来れた。
そして山頂のベンチで小休止後、次のポイント塔ノ岳を目指す。蛭ヶ岳からも塔ノ岳の山頂の尊仏山荘が遠くに見えていた。
あそこまで戻るという目標があるのは良いんだけど、それが豆粒の様に小さいのと、歩いても歩いても遠いままなのが辛かった。
その頃から天候は下降気味で、すこし雲が多くなってきた。それでも富士山は表情を変えながらもずっと見えて、応援してくれていた、はず。
行きで塔ノ岳からジャンジャン下ったその道は、蛭ヶ岳まで歩いた削られた足にとても響き、死ぬかと思ったけど、やっと塔ノ岳に到着。
どんどん不吉な黒い雲が多くなり風も強くなってきた。でも塔ノ岳まで来たからと、安心している自分がいる。。
先週まではここが目標の場所だったのに、もう安心ポイントになっているという事実。慣れとは怖い。まだまだ先はあるのだ。
という訳でコーヒー飲んでまた出発。といっても大倉尾根はずっと下りだから大丈夫だべ、と思っていた。
とっくに限界だと思っていた僕の足は、下りだと意外とまだ元気だった。水がちょっとと食料もないので荷物は軽く、サクサク小走りで下れた。
にしても本当にダラダラと長い。よく登ってきたなと思っちゃう。そして昼間沢山の人がいた登山道はまったく人の気配がなく、それはそれで不気味。
天候は悪化し、どんどん暗くなり風が木々を不吉に揺らす。そうゆう時は歌をうたうに限る。相変わらずオブラディ・オブラダか、線香の青雲の歌。
それと、口笛でジョン・コルトレーンのマイ・フェイバレット・シングスを奏でたりしている。有名なフレーズの所だけだけど。
「海辺のカフカ」のカフカ少年が、森の奥に入る時にそうしてたので僕も真似をしている。京都にも行きたくなるし一石二鳥だ。
見晴茶屋から大倉まではラストスパートで「下りたらコーラ!下りたらコーラ!」というかけ声のもと歩いた。
でも第一自販機でコーラではなく、メッツグレープフルーツを一気飲みした。今度から「下りたら炭酸!」のかけ声に変更しよう。
そして誰も居ない大倉のバス停の洗面所で顔、というかほぼ全身を流した時の爽快さといったらもうない。自然と声がでます。
大倉着が17時25分。まだ明るかったけど、結構な時間になっちゃった。
地図上のトータルコースタイム、11時間20分の所実際かかった時間、休憩込みで9時間40分でした。その数字見ると頑張ったことが分かる。
同じ道を通った人のヤマレコ情報から引用すると、総距離約26km。平地のジョグでもそんな距離を走ったことないわ。
振り返ってみると、とても大変だったけどトライして良かったです。でもそれも天候や景色が味方してくれたことは大きいと思う。
そもそも計画外のことをするのはあまり良くないことだと思うし、もし想定外のことが起こったら大変だっただろうし。
結果オーライだけど無事に戻って来れて、行けないと思ってた蛭ヶ岳も登頂できて、満足感でいっぱいです。
でも次はちょっとゆるゆるハイキングにしたいかな。ゆっくり景色を堪能したいです。
その夜、足の張りがひどかったので、念入りにストレッチして寝ましたが起きたらひどいことになってました。
凡庸な表現ですが、これが生まれたてのバンビ状態か!という感じでぷるぷるしてました。
またその次の日、、まだまだ筋肉痛が残っている状態でジムに行き。いつもしている通りの筋トレをしてみた。
その時に筋肉痛に響くトレーニングが山で必要な筋肉、というのが分かるかなと思って。そこを重点的に鍛えれば山に有効な筋肉を育てられる!
僕はいったいどこに向かっているのかたまに分からなくなります。ところが結果は、普段の筋トレでは筋肉痛に響く所がほぼありませんでした。
走るのは無理だったのでやらなかったけど、他のトレーニングはほぼいつも通りできた。今までのトレーニングは山には無関係筋だったみたい。
まあゆっくりやります。
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