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整地・巡礼
杓子山(1597m)

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The End_1243 杓子山 / Nikon D610

もう一ヶ月くらい前になっちゃったけど、3月18日に山梨の杓子山に登ってきました。
前回、金時山、明神ヶ岳にいった時富士山の雄大さに心奪われてしまい、富士山がよく見える山を探した。
最初は3月13日の自分の誕生日に仕事さぼって行こうと思ってたんだけど、天候が悪くてやめた。
そんで次の天候良い日と仕事のタイミングを合わせて行ってきたという訳です。

最初に言っておきます。今回の登山は失敗というか反省点だらけのものになりました。

行く前からどこか義務感があった「行かなきゃいけない」というへんな義務感があった。
だからか心のどこかで少し億劫だった。予定立ててる時もなんかあまりテンション上がらなかった。
こんなに早起きか。。こんなに遠いのか。。交通費だけでこんなかかるのか。。って。だったらやめれば良いのに。
でもなんとかテンションを上げ準備して当日の朝。喉の奥が痛い。僕は体調を崩すとき、ほとんどが喉から来るのだ。
だけど準備もしてあるし、せっかく早起きしたんだから、と身体に言い聞かせ予定通り出発する。
始発の電車にのって、立川、大月。そして富士山駅まで行き、そこからバスで30分でようやく登山口。なんと合計3時間半!!
移動だけで疲れてしまったけれど、それでもバス下りた瞬間にみえる雄大な富士山の姿を見ると、自然とテンションも上がる。
喉はだんだん痛くなってきたけど、とりあえず登山口まで来たので考えるのをやめて登り出しました。

登り始めは少しアスファルトの道だったけど、だんだん樹林帯の本格的な登山道になった。
でもすぐに景色は開け、振り返ると富士山がスッポンポン。テンションは上がる。「ほらやっぱり来て良かったじゃん」と独りごちる。
登り初めてすぐに高座山という山の頂上があり、その頂上は遠くからみると垂直に見えるほど急な坂だった。
近くに行くと、トラロープが垂れ下がっていたけど、足元はかなりぬかるんでいて、ロープがあってもかなり登り辛かった。
なんとか登り切って高座山山頂。でもなにもないのでスルーして進む。そこから10分くらい歩いた所で地面に落ちる自分の影の違和感に気付いた。
僕は登りの時にトレッキングポールをあまり使ってない。下り道で1本使うくらい。だからリュックの脇に2本挿して登っている。
そのトレポの影が1本しかない。。リュックをおろして調べるとやっぱりない。どこかで落としたみたい。
登り始めに持ってたのは覚えていたので、それからこの1時間くらいの間に落とした、はず。ショックだけど戻ってみる。
その時の僕の脳内は、諦めて進むか?いやもうちょっと戻ってみよう。という感情のせめぎ合いでした。
高座山の頂上まで戻ってなかったら諦めよう。と思い、いざ頂上から登ってきた急な坂を眺めると、そこに僕のトレポは落ちていた。
ロープを持って夢中で登ってる時に落としたみたい「やったー!」とでかい声がでた。歓喜。嬉しかった。
戻ってる間「みつからなかったらまた買わなきゃいけないのか、、痛い出費だな」と、へこんでたんだけど
みつかってからは「買わないで済んだから、欲しかったあれ買っちゃおうかな!」に変わってた。とても自分に都合が良い。

時間は少しロスしたけど、それでもコースタイムより早かったので、気を取り直してずんずん進む。
そこからは岩場が多くなり、切り立った所も多くて、高い所が苦手な僕は緊張する場面が多かった。
奥多摩に比べて、登山道の整備が乏しい感じはしました。ロープが多いんだけど、なんか緩かったり、切れてたり。
とにかく気を付けながら進むと鉄塔の下に出る。この鉄塔の裏に道があるんだけど、それが正規ルート。
でも鉄塔でその看板に気付かなかった僕は、正規ルートよりかなりハッキリしてた方の道へいってしまった。
その道は明らかに下っていたけど、リボンもいっぱいあるし大丈夫だべ、と思って進んだ。
でもいくらなんでも下りすぎるし、どんどん道も細く、悪くなっていった。それでもリボンは相変わらず多かった。
その先にはまた鉄塔があり、そこで道は終わっていた。鉄塔の点検の為の道だったのかな。
その時には最初の鉄塔の裏に道があることに気付いてないので、頭の中は軽くパニック状態になった。いや、かなりパニックだった。
とりあえず戻るけど、頭の中は???でいっぱいだった。だって他に道なんてなかったから。
しかもずっと下ってきたから、当たり前だけどずっと登り。焦ってるから早く戻ろうと急いでしまい、かなり体力を消耗した。
鉄塔の所まで戻ると、さっきとアングル違うので、鉄塔の裏にある「←杓子山」の看板がばっちりみえた。
安心したけど、テンション下がったし、かなりどっと疲れた。もう帰りたいと思った。喉も痛いし。

ところが僕の災難はまだまだ続くのであった。

つづく。

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アンラッキー・ラッキー・ナンバー
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The End_1242 さくら / PLAUBEL makina 670

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ストロング・トーキョー
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「ブリングリング」

ミーハーと言われても良い。僕はソフィア・コッポラ作品好きです。
ミーハーと言われても良い。「SOMEWERE」と「ロスト・イン・トランスレーション」しか知らないけど。
この人の撮る映画は見た目の派手さ、ミーハーさの裏に、意味深なものが見える。そうゆう暗示めいたメッセージが見える作品は好きです。
そして、単純に画が綺麗。爽やかでおしゃれ。で、この映画。みようみようと思ってて先延ばしにしてた作品。

豪邸が建ち並ぶアメリカ西海岸の高級住宅街。華やかなセレブ生活に憧れを抱く5人の少年少女は、有名セレブの自宅を調べ、侵入、窃盗を繰り返していた。最初は、気付かれない程度のお遊びで終わっていたが、彼らの犯行は後戻りできない所まで大きくなってしまう。

空き巣の入り方や、物の盗み方はかなりの突っ込みどころがあるくらい雑。
こんなに雑で捕まらない方がおかしいでしょと思う。事実に基づいた物語とあったけどこの辺は忠実なのかな。
だけどそんなことはどうでも良くて、ファッションと物欲に飲まれ、だんだんと狂気と化す様が怖い。
大胆になるというと聞こえはいいけど、雑になるだけで、歯止めも利かなくなっていた。拳銃の表現なんてまさに。

撮り方は、今までもような爽やかさはあまり感じない。でもしっかり夏っぽかったから爽やかといえば爽やかなのかな。
基本的にアメリカ西海岸のセレブリティ文化だったり、ゴシップ系の話題に1ミクロンも興味がない僕だけど
さすが巨匠を父親に持つ監督だけに、そうゆう世界に浸透してるんだろうか。すごくリアルにみえてしまった。
別世界なんだけど、作りすぎてない自然な感じが好印象でした。

空き巣に入る手段は特に細かく描かれていない。そして何件も空き巣を繰り返しては、クラブで豪遊する。
その繰り返しなんだけど、飽きずに最後まで物語をひっぱる編集のうまさを感じました。
でも映画としての結論は、なんだろ?コッポラだからと思ってみたけど、そんなに内容がある映画じゃないかも。
僕が前にみた二作は、巨匠を親に持つ自分の話。でもこれは違う自分のことじゃないと良くなくなる説は本当かも。

リーダーのレベッカと、男の子、それとエマ・ワトソン以外はいまいちキャラクターに特徴がなかった。
これ、普通にエマ・ワトソンが主演じゃだめだったのかな?やっぱろメジャーすぎるのかな。
だとしたら、レベッカ役と、男の子は、もっと個性ある人の方が良かったかも。
あ、でもエマワトソンのアゴはすごいよ。触れるものみな容赦なく切り捨てるかのようです。

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The End_1241 恵比寿 / PLAUBEL makina 670

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森と林の境い目について正確に語れる人を探しています。
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The End_1240 星くん × mizuiro (掲載無許可)/ PLAUBEL makina 670

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オスマントルコ帝国のお風呂事情
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「百瀬、こっちを向いて。」

突然ですが、僕は向井理が苦手です。いや正直にいうと好きじゃない。世の女性を敵に回しても胸を張って言おう。
TVはあまりみないけど、彼が出てたら当然のごとく消す。CMとかで見かけたらチャンネル変える。
ハンサムな人だとは思うので、負け惜しみといわれたら否定はできない。でも本当に生理的に苦手なのだ。
でもこの映画の原作は好きだったし、主演といえども彼の過去の恋愛の話なので、ちょい役かなと思って我慢してみてみた。

パッとしない高校生活を送る相原ノボルは、ある日幼なじみの宮崎先輩に呼び出される。宮崎は校内で抜群の人気を誇っており、同じく校内の華である神林さんとお付き合いをしていた。そんな宮崎先輩にノボルは奇妙な依頼を受ける。それは百瀬という女の子と付き合ってるふりをして欲しいということだった。百瀬はノボルの隣のクラスの女の子で、宮崎先輩のファンの1人だった。ノボルは宮崎先輩の頼みを断れずに、奇妙な高校生活が始まる。

恥ずかしながら原作の中田永一は、乙一の別名義ということを知らなかった。
ダーク路線が乙一で、爽やか路線は中田永一なのかな?乙一は昔すごく好きで良く読んでいた。
でも最初に読んだ「GOTH リストカット事件」の衝撃が強すぎて、それ以降はあまり印象にない。
この原作は最初に書いたように好きでした。最初に書いたように向井理が不安だったけど、意外と良かったぞ?

物語は大人になったノボルが久しぶりに帰郷し、神林さんと再会する所から始まる。
神林さんは子どもを連れてて、一緒に喫茶店に入り昔の話を始める。現在と過去が混じり合いながら物語が進むので
あまり向井理がいっぱい出てくるという訳ではなかった。まあでも重要人物にはかわりはないんだけど。
でもそこまで毛嫌いすることでもないような気もしてきた。

あらすじから予想すると、百瀬が宮崎先輩に片思いして、ノボルは百瀬を好きになって。という構図が容易に想像できる。
だけどそこまでシンプルな話ではなく、宮崎先輩の魂胆だったり、高校生といえども神林さんの女性としての怖さだったり。
見終わった後にいろいろ考える部分は多かった。だけど全般的に思春期のほろ苦くも爽やかな、恋愛の雰囲気に包まれていて、
とてもシンプルに印象の良い映画でした。この爽やかさが、乙一名義じゃない所以なのかもしれない。

やっぱり皆、失恋といえば河川敷なんだな。これは通過儀礼のようなものなのかもしれない。
過去の恋愛、しかも初恋、そして大人になってからの再会と回顧。となると石川 寛の「好きだ、」を思い出します。
あの映画は静かで、切なくてすごく好きでした。高校生同士、想い合っていたけど結ばれなかった二人。だけど34歳で再会する。
34歳。もう僕は追い抜いてしまった。僕はあの頃考えてるような大人になれているのかな。

話は戻り、原作も淡々としたものだったので少し想像できましたが、透明感溢れる画は一周まわってとても新鮮でした。
夜に家を抜け出し、公園で話し込んでいた時の事。夏の明け方のむせ返りそうになる河川敷のにおい。
僕にもこうゆう時があった。時間が永遠のようにあったあの頃。もう二度と戻れないあの頃。そんな気分になれた映画でした。
やっぱり世界で一番美しいのは、朝だよ。寝ずに迎える朝も、早起きの朝も。どちらも最高に美しいみたい。

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The End_1239 昭島 / Nikon D610

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平方根のニュー・モデル
もう一度私が私の人生をやりなおせるとしても、私はやはり同じような人生を辿るだろうという気がした。何故ならそれが、その失いつづける人生が、私自身だからだ。私には私自身になる以外道はないのだ。どれだけ人々が私を見捨て、どれだけ私が人々を見捨て、様々な美しい感情やすぐれた資質や夢が消滅し制限されていったとしても、私は私以外の何ものかになることはできないのだ。

村上春樹 / 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

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The End_1238 高島平 / SONY RX100m3

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記憶の鍵束
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The End_1237 武蔵野台 / Nikon D610

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どこにも辿りつかない歩行
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「TOKYO TRIBE」

映画館でみるまでもないけど、レンタルされたらみるんだろうと思ってた。ので、みてみた。
僕は中、高校生時代、漫画オタクだった。音楽よりも映画よりも漫画だった。その上で外せない、井上三太という漫画家。
映画は「TOKYO TRIBE2」が原作だけど「TOKYO TRIBE」の頃からファンで、他にも「隣人13号」「ぶんぷくちゃがま大魔王」など。
ヒップホップ感あるけど、要は不良の抗争だったり、エロ、宗教、などエグいテーマを、かわいくオシャレに描いてる感が大好きだった。

少し変わったTOKYO、ここはトライブ=族に属する若者達が暴力で街を支配していた。中でも過激な暴力で勢力をのばす「ブクロWU-RONZ」のヘッド、メラは「ムサシノSARU」に属する海に、敵対心を持っていた。「ムサシノSARU」はLOVE & PEACEをかかげいつもファミレスに集まる、トライブの中でも平和的なグループだった。しかしその一員が軽い誘いに乗り、ブクロに行ってしまう所から抗争が始まる。※映画版のあらすじ。

僕は園子温作品があまり好きじゃない「ヒミズ」は良いけど古谷実あってのものだと思ってて、その他は嫌なイメージしかない。
だけどこの映画は、原作と映画、別に考えなければいけない映画です。なにが言いたいかというと、すごく面白かったということ。
原作に基づいてはいるけど、まったくその通りではない。むしろ違う。園子温が作るとこうなるってことか。
ファンとしては「ちょっと端折りすぎだろ〜」という所はあるけど、2時間枠だからしょうがないよな。

僕は良く言うけど、原作と映画は全く同じの必要はないと思ってます。だって同じなら原作の方が純粋な物語だし、映画みる必要ないでしょ?
原作に基づいて映画の表現があれば最高。でもそれって難しいことだと思う。原作、監督、キャスト、音楽、予算など、いろんな制限があるし
色々考えると原作が一番純粋。そこからは汚れるベクトル。どれだけ汚れないか、汚れるだけ汚れるか。どっちか。この作品はすごく良かった。
園子温という強烈な個性が引っ張る感じ。映画的な挑戦とか、ラップによるセリフは、鳥肌立つかなと不安だったけど大丈夫でした。

面白かったけど2時間でやるには無理があるかなという印象。ファンだからそう思うのかいまいちスポットライトの浴びないキャラは多かった。
スカンクや書記長、レンコンシェフなんて脇役もいいところ。ジャダキンス、WARUなんて急に出てきてびっくりだった。
でもこの映画に出てくる濃いめのキャラ達の中、最終的には窪塚洋介が全部持って行ってると思う。
IWGPの「キング」をどうしても思い出してしまう。ああゆう少しいっちゃってるキャラ演じたら、彼の右にでるものはいなさそう。

園子温映画によく出てる染谷将太。大好きな映画「WOOD JOB」にも出てたけど、彼はいい!すごくいい!ラップもうまかった。
海役の人も良かった。似てるし。メラはどうかな。ブッバ役は竹内力。最初ミスキャストだろ、と思ってたけどそんなことなかった笑。
スカンクはもうコントにしかみえない。原作ではキーマンだったけどな。ガリレオは存在すらなかった。ペニーズのノリちゃんは可愛いかった。
スンミはパンツ見えすぎ。スンミの隣の少年は存在の意味がよく分からなかった。一番好きな「新宿HANDS」の巌はもう少し出て欲しかったかな。

なんにせよ観て損はないし、血はちょっとでるし痛い表現あるけど、僕が大丈夫だったので、誰でも大丈夫だと思う。
目黒シネマで「雷音上映」として爆音でやってたけど、これは本当に大きな音で鑑賞したほうが楽しめると思います。
ヒップホップ好きじゃなくてもOK。そもそも話は全然ヒップホップじゃないので。
なんか井上三太作品、もう一回読みたくなってきた。僕の本棚にはちゃんと保管してあるのですぐ読めるだけに怖い。時間が欲しい。

原作について思い出すこと。

僕は10代(いまでももちろん)ヒップホップ大好きな人間でした。だけど昨今イメージ付けられたギャング的なヒップホップはすげえ苦手。
ラブ&ピース趣向という訳じゃないけど、楽しい方がいい。だからいわゆるハードコアなヒップホップよりも、メロウなヒップホップの方が好きだ。
そんなヒップホップのスタイルが井上三太の漫画にはあった。ギャングで、ヤクザで、暴走族で、エロで、かなりカオスだけどスタイルはあった。
誰ともなしに集まり、音楽が近くにあり、日々を無駄に過ごす。そのスタイルに憧れいる僕は確かにそこにいた。

あの頃の時間の使い方を僕がすることは、もう一生ないはず。今やっても楽しくないだろうし。だからこそ思い出すと懐かしく胸キュンしてしまう。
勘違いしないで欲しいのは、僕が根っからのB-BOYだった訳ではない。ヘッズでもない。昔も今も平和主義者、なはずです。
だけど、ヒップホップ大好きだったんだよ。バイトしてお金貯めてマンハッタンレコードに通い、買い集めたその頃のレコード。
それは今でもあるので、もう一度聴き直してみたい。そう思うのもオッサン現象かな。でもそれも良いんだよ。ワールド・イズ・マインです。

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The End_1236 古市場 / Nikon D610

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寓話としての発電所
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The End_1235 武蔵境 / Nikon F3 + ILFORD DELTA 400

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ただ影をみているだけ
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「村上春樹 / 世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド(上)」

昔、この文庫本を長友くんに貸してて、そのすぐ後にハードカバーが装丁を新しくして再発された。
僕は村上春樹の小説は順位なく好きだけれど、もしランクを付けるのならばこの小説はかなり上位に食いこむ。なのでその新装ハードカバーも買った。
文庫本は、長友くんにそのままあげちゃった。時をは経ち、山に行く時の電車内の過ごし方が問題になり、またこの小説を再読しようと思った。
しかし山に行くのにハードカバーってのはどうなんだ。でもまた文庫本買うのもあれなので、長友くんに返してもらった。自分勝手な僕です。

計算士を職業とする「私」の物語。ある老科学者から仕事の依頼を受ける所から物語は始まる。計算士と敵対する記号士、そして地下世界を徘徊する「やみくろ」の存在。独特の言葉を使う全身ピンクの太った女の子など謎に満ち、魅力的な登場人物の中で「私」にとってハードボイルドな展開が次々に起こる。一角獣の頭骨や、ペーパークリップなど、暗示的な物であふれる少し変わった世界で、「私」は自分自身に隠された大きな秘密に向き合う。そして同時進行していくもう一つの物語との関係性とは。

「ハードボイルド・ワンダーランド」という節と、「世界の終わり」という節が交互に語られ、物語は進んでいく。
村上春樹の長編小説では「1Q84」で見られる手法ですが、かなりの中毒性を持つこの手法が僕は大好きです。
ずーっと同じ物語が続くのはもちろん普通に良いんだけど、やっぱり文章に、物語に疲れることもある。
片方が終わると片方の物語が始まる。ってなると、次が気になりずっと読み続けることになる。甘い物の次はしょっぱい物だ。

村上春樹の小説の特徴というか好きな所。とにかく個性的な登場人物達。特に「ハードボイルド・ワンダーランド」節でそれは如実に出てる。
主人公である「私」はその他の小説でも見られる、クールで、ドライな男性。そうなりたいかと問われたらノーだけど、憧れる、かな?やれやれ。
その「私」の静かな日常をかきまわすキャラクター。老博士、孫娘のピンクの女の子。は冒頭から出てくるかなり主要な人物。
図書館の女の子は、現実にお付き合いしたい程魅力的な女の子。記号士の凸凹コンビは、ある意味とても爽快な行動を起こす。

それぞれのキャラの存在に役割が見え隠れする雰囲気が好きで、いちいち勘ぐって読んでしまう。
上巻では謎にあふれ、意味深すぎる会話や、暗示的な要素が多いのでそう思うのかも。率直に言うとよく分からないけどザワザワする感じ。
キャラクターだけではなく彼の小説によく出てくる、井戸、森、洞窟等のファクターも含めての印象。これは彼の小説読んでるといつも感じる。
特にこの話は人間の深層心理の話なので、特にリアルに感じるのかもしれない。自分の意識に征服される自分。不思議の国のアリス、ってか。

この小説はすでに4回くらい読んでいる。結末も構成も全て覚えている。となるとその意味深さもつまらなく感じるかと思うけど、そうではない。
何度読んでも新鮮、とまでは言えないけど新しい発見があったり、この不思議なファンタジーの世界に入り込んでいく感じが、とても気持ち良い。
今回読んでて「やみくろ」の巣の洞窟って、プラトンのイデア論の様な気もしてきた。科学の純粋性という説明の時にプラトンも出てきてたし。
非現実のありえない変わった世界を、あたかも現実的に本当に起こったことかのように語る。彼のその表現力は、もうなんとも言えない。

「世界の終わり」の節の方をなにも書いていないけど、とても静かな「世界の終わり」という、壁で囲まれた街での話。
鳥以外は絶対に抜けられない壁に囲まれた街。そこで「僕」は自分の影を切り離され、眼に「しるし」を付けられる。
記憶を失った僕は図書館で、そこにいた女の子に手伝ってもらいながら、獣の頭骨から古い夢を読む。
もう一度言う。獣の頭骨から古い夢を読む、のだ。

つづく

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The End_1234 忍野村 / PLAUBEL makina 670

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ドラマチックなはじまり
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The End_1233 大原 / PLAUBEL makina 670

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ワールド・伊豆・ユアーズ
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「野川かさね / 山と写真」

ちょっと山岳物ブームは去りつつある。けどこの本も小説ではないけど、一応山岳物ということで。
野川かさねさん。モデルのKIKIとよく一緒に出てるイメージがある。ホンマタカシに師事した後、独立した写真家。
女の子が撮る、フィルターありきインスタよろしくスマホ的な写真は、相変わらず吐き気がするし精神衛生上よろしくない。
なので見ない方がいいものとして排除しているけど、この人の写真はそうゆうものではなく、かつ女性的ですごく好きです。
内容は、山で写真を撮るにあたりポイントになることが、写真と共に分かりやすく、とても分かりやすく書いてある。

本文中に「遠くにあるものを遠いままで撮影。望遠レンズはなくても大丈夫」とあった。
現にほとんどが50mm標準レンズで撮ってるもので、これに僕はとても影響を受けてしまった。
そしてボディが機種は違えど同じメーカー、レンズは同じ物を使ってるという偶然も後押しして
先日の明神ヶ岳の登山には50mmのレンズを付けて行きました。でもバックにズームレンズはしのばせていた。
そうゆう所に女々しい自分がでる。覚悟がない。男らしくない。なよなよしてる。頼りがいがない。包容力もない。そこまで言われる筋合いもない。
しかし、どうしても不安というか、欲というか、万全を期したくなる。せっかく山に行くんだから、と肩に力が入ってるんだと思う。
でも結局その時の登山は、ほとんどズームレンズは使わないで、50mm標準レンズしか出番はなかった。
それから僕の中で山用カメラの考え方が少し変わった。記録用、もしくは凡庸な写真であればコンデジでじゅうぶんな気がする。
そしてここぞという時は50mm付けたNikon F3、もしくは中判のマキナのどっちかで撮った方が、個性がでるんじゃないかと。
せっかく山に行ってるんだから出来る限り全部押さえたい。という気持ちから、撮れなければ撮れないで良い、そのかわり僕にしか撮れない写真を。
という思考に変わって行った。これは少しだけ登山に慣れてきて、頭の中が整理されてきた証拠だと思います。良い傾向です。
そもそもフルサイズデジイチと、交換レンズ。そして中判カメラってのは無理があるとは思っていた。日帰りだからまだしも、今後は、ね。

本の話に戻ると、写真はやはりホンマタカシ的、とは言わないけど、どこかニューカラーの雰囲気は感じる。
それは素直にかっこいい。叙情的で、刹那的で、柔らかくて、優しさと厳しさが両方あって、とても好きです。
僕もこうゆうスタンスで、山で写真撮れればいいなと、とても参考になりました。
今までの登山での写真は山ごとに分けてあるので、たまに見比べたりしている。
同じ奥多摩だと同じような風景の写真だったりする。だけどその中でもちょっとずつ表現を変えたり、試行錯誤してる感はあった。
これからの僕の山写真がどうなるのか分からないけど、新しい山に行くのと同じくらい、どんな写真が撮れるかが楽しみだ。
そんなことを考えさせられた、とても良い本でした。他のも読んでみようと思います。

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The End_1232 渋谷 / Nikon D610

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