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ぼくの細胞
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「ブレードランナー」

僕の10個上の世代の人たちがわりと口を揃えて言うことなんだけど。
「ブレードランナーは当時新しかった」という言葉。オリジナルは82年公開。名前はもちろん知ってたけど
今までみたことなかった。なぜか、僕はSFが超苦手だから。でもなにかがなにかして今回みてみた。
原作は「フィリップ・K・ディック/アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」です。

2019年地球人の大半は宇宙へ進出していた。残された人間は点々と都市を構築していた。その一つ、ロサンゼルスでは休みなく雨が降り続いていて、アジア系を始め様々な種族の人間が集っていた。その群衆の中に居たデッカードはガフと名乗る男に呼ばれ本署と呼ばれる所に連行される。デッカードはそこで元上司に会うことになる。「レプリカント」といわれる遺伝子工学で生産された人造人間が、4名地球に侵入したのでそれを見つけ出せという命令だった。デッカードはレプリカントを識別し抹殺する「ブレードランナー」で、一流の腕を持っていたが引退した身だった。

完全にSFだけど、スラムの町並みは日本を意識してるのでそんなにSFめいて見えなかった。
町並みは歌舞伎町をイメージしてて、ネオンや広告も日本語が多い。歌舞伎町を参考にしたらしい。
字幕にならない街の喧騒の中に、日本語がちりばめられているのも楽しい。
よく耳にしてたあのBGMはこの映画だったのね。しかしずっと雨が降っている。傘の柄がライトセーバー。

ベテラン敏腕ブレードランナーのはずのデッカードが、意外と弱い。
肉弾戦になり相当追い込まれ、らすと銃でなんとか倒したぜ、、的なシーンは多い。
敵さんの人間に対する慈悲、みたいな感情が見え隠れするのに「俺が倒したぜ」的な顔するのが少々むかついた。
銃を構えてる姿がどうしてもハンソロに見えてしまうのも少しむかついた。

SFによくある「人間らしさってなに?」という哲学的なものを含んでいるので、少しじっくり見ないと理解しづらいかも。
レプリカントの立場になって考えると胸が詰まったよ。手塚治虫のようなお話です。
僕がみたディレクターズカット版は「ユニコーンの表現」があった。なんだこりゃと思ってみてたけど理解できなかった。
調べたら分かったけど、そうゆうことか。。終わりがハッピーエンド版とバッドエンド版があるのも知らなかった。

1980年に思い描いた未来でも、昔の記憶を思い出すきっかけや、物思いにふける場面には写真があった。
それはipadでもPCでもなく、なにか空中に浮かび上がる画面でもなく、すすけたポラロイドフィルムだった。
「そこまで未来をイメージできなかったよ!」という話でおしまいなにかもしれないけれど、僕にはやっぱり
データじゃなく紙として残っているものに、思い出やメッセージは込められる残るのではないか!と思う。

レプリカントのロイが言うセリフ
「お前ら人間には信じられないものを俺は見てきた。オリオン座の近くで燃えた宇宙船や、タンホイザーゲートのオーロラ・・・そういう思い出もやがては消える。その時がくれば。涙のように、、雨のように、、」
ロイの劇中での存在感は素晴らしくて、完全にデッカード役のハリソン・フォードを食っていた。

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The End_955 羽根木 / Nikon F3

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きみは「ウル技大技林」を知っているか!?
また体調が悪くなってしまってた。さすがに平日は休めないので鞭打って仕事した一週間でした。。
発熱というよりも胃腸にきちゃってる感じ。精神的ストレスもあるな。。思いあたる節は大いにありです。
胃が重いからなにも食べたくない、だけど無理矢理食べる、戻す、胃が重い。という悪循環。
今はわりと復調して昨日やっとごはんを食べられたけど、3日間固形物食べられなかった。蒟蒻畑ばかり。

ちゃんと食べられないのってつらい。胃が重いとなにもできない。やる気すらでない。気持ちも鬱々とする。
この歳になったからそう思うのかもしれないけれど、体が資本というのは本当だな。
「健康第一」とかいったらやけに保守的に聞こえるかもしれないけど、健康じゃないと良い仕事もできない。
ずっと個人で仕事をして行くなら、健康&体力の事考えていかないとって思っています。養生します。

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「いとうせいこう / ノーライフキング」

いとうせいこう、という人について。僕はこの人をのことがけっこう好きだ。
いまはクチロロか、クチロロはすっごく好き。古い話だとSUBLIMINAL CALMか、藤原ヒロシとのあれ。
ちょっと前に書店で平積みされてた「想像ラジオ」という小説。でも僕は彼の小説は読んだことがないな。
とふと思って処女作をよんでみた。それがこの小説、ノーライフキング。1988年刊当時ぼく8歳。

小学生の間でブームになっているディスコンゲームのソフト「ライフキング」そのソフトに関する不可思議な噂が流れ出した。それは子どもの情報網を伝い、全国にすごいスピードで浸透していった。ある日小学校の朝礼で起こった事件がきっかけで、子どものネットワークは加速する。呪われた世界を救うための、子どもたちの戦いが始まる。そして最後に彼らがみた「キング」の正体とは。

刊行当時の僕は8歳。小学校の2年生。作中に出てくる小学生と同じ世代っちゃあ、世代。
その頃はコミュニケーションツールが、噂とか口コミというものしかない時代。
だけどそれは現代のツイッターよりも、FBよりも早く、日本全国に広がっていった。
今考えるとそれはすごいスピードだったんだろう。形を変えながら。真実も変えながら。

情報を得る為自分で動かないといけない時代。今のように勝手に情報が入ってくる時代ではない。
ないからこそ探求する、探求することで得た情報の素晴らしさ。達成感。それが普通な時代だったんだ。
小説に出てくる子どもたちも情報を求めて走り回る。そして奇怪な事件に巻き込まれる。
それは読んでてすごくワクワクした。冒険活劇と言ってもいいくらいだった。

時代の雰囲気を掴むのが最高にうまい。というのが、いとうせいこうのイメージ。
今がどうゆう時代かって、10年後に振り返らないと分からないことって多いじゃない?
80年代に80年代を語れる人はそう居ないということ。。小説としてはラストが少し締まらなかったかも
だけど「問題提起して、答えは各々の心の中にある」というのもこの時代の特徴かもしれない。

この物語は、あとがきによると「いたこ」めいたものがあるらしい。
ある日妻の前で何かが取り憑いたかのように物語をしゃべり出した著者。本当かな。笑。
さいきん僕の中では「いたこマイブーム」なるものが来つつあって、少しドキドキしてしまう。
映画化もしてる。監督、市川準。観たい。

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The End_954 芝公園 / Nikon F3

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ハッピーバースデー
この土日。久しぶりに体調を崩し、発熱してしまいずっと寝込んでた。
先週の平日から兆候はあったんだけど、週末の気の緩みからか、一気に急降下した。
いまさら言うのもあれですが、僕は独り身の一人暮らしなので、こうゆう時はとてもつらい。
薬も水分も食料の買い出しはあたりまえに自分でやらなきゃだし、なによりも孤独感が酷い。
特に真夜中、真っ暗の中でひとり苦しんでると、このまま死んでもいいか。と鬼ネガティブになる。
子どもの頃も発熱時の夜は、辛いし恐かった記憶がある。闇がいつもの闇とちがってみえたりして。
昨日の夜の身体の状況は、まだ駄目かな、、という感じだったけど、今朝起きてみたら嘘みたいに症状は消えていた。
あれだけ酷かった頭痛もさっぱりとなくなり、身体もぜんぜんだるくない。
薬のせいかまだ頭は完全に明快クリアとは言えず、少し重いけどまあ大丈夫です。
そして今回は熱だけではなく、なにかいろんな物が僕の身体から出てった気がする。
発熱時いろんなことを考え、思い出し、怒り、悲しみ、落ち込み、後悔に襲われた。いわゆるカオス状態。
ぼくは肉体的にだけではなく、精神的にいろいろ溜まっていたみたいです。澱のようなものが。
ただの風邪だといえばそうなんだけど、ひとつだけ言えるのは前と後では少しだけ違う自分になっていること。
今日も先週と変わらず、同じような退屈で刺激的な毎日を送るんでしょう。だけど前とは絶対的にどこかが違うのだ。
とにかく今は元気だけど、寝過ぎてどこか凝り固まった感じのする身体をとにかく動かしたい。
ゆっくり長い時間ランニングして、ぬるい湯船にひたって全身ストレッチしたい。そしてまた日々を頑張ろうと思う。

ある場合には運命っていうのは、絶えまなく進行方向を変える局地的な砂嵐に似ている。君はそれを避けようと足どりを変える。そうすると、嵐も君にあわせるように足どりを変える。君はもう一度足どりを変える。すると嵐もまた同じように足どりを変える。何度でも何度でも、まるで夜明け前に死神と踊る不吉なダンスみたいに、それが繰りかえされる。なぜかといえば、その嵐はどこか遠くからやってきた無関係な“なにか”じゃないからだ。そいつはつまり、君自身のことなんだ。君の中にあるなにかなんだ。だから君にできることといえば、あきらめてその嵐の中にまっすぐ足を踏み入れ、砂が入らないように目と耳をしっかりふさぎ、一歩一歩とおり抜けていくことだけだ。中略
そしてその砂嵐が終わったとき、どうやってそいつをくぐり抜けて生きのびることができたのか、君にはよく理解できないはずだ。いやほんとうにそいつが去ってしまったのかどうかもたしかじゃないはずだ。でもひとつだけはっきりしていることがある。その嵐から出てきた君は、そこに足を踏みいれたときの君じゃないっていうことだ。そう、それが砂嵐というものの意味なんだ。

村上春樹 / 海辺のカフカより

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The End_953 阿佐ヶ谷 / Nikon F3

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もつ鍋、ベンガルトラ、ミドリ
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「あの日見た花の名前を僕はまだ知らない。」

アニメというアニメはほとんどみなくなった。最近だとジブリくらい。風立ちぬくらい。
特に映画とかじゃなく、毎週やる30分アニメなんてみようとも思わなくなってた。
だけど知人にこのアニメをすごく勧められたのと、来月からペルソナ4Gのアニメが始まることもあり
なんとなくみてみた。30分のアニメ、11話だったかな。2日間くらいでまとめてみちゃった。

幼い頃、仲が良かった6人の幼なじみは、かつてお互いをあだ名で呼び合い「超平和バスターズ」というグループを結成した。そしてみんなで作った秘密基地に集まり、いつも一緒にいた。しかし6人の中の一人、芽衣子の死をきっかけに彼らの距離は急速に離れてしまった。そのまま5年がたったある日、超平和バスターズのリーダー格だった仁太の元に、死んだはずの芽衣子が突然現れてからバラバラだった6人はまた集まりだす。

これすごく良かったです。途中すごい中だるみ的なものがあるけど。良かったです。
僕も少年時代こうだったああだった。という懐かし要素がそれをカバーしてくれてた。
当時「絶対忘れない!」と思ってても、34歳になった今考えるといろいろ忘れている。20世紀少年みたい。
昔の記憶ってあんなに忘れるもんなのかな、と20歳くらいの僕は思ってたけど、今では気持ちが痛いほど分かる。

その時大事にしていた物とか、事とか、感情とか、なんか色んな物を忘れるというか、考えない風になってるんだな。
この歳まで子どもの時のまま育つなんて事は無理だし、もし出来てたら痛い大人だろうけどこ
うゆうノスタルジックな気持ちを思い出すと、心が少し動く。そしてそれは世代も時代の場所も違うけど
みんなの記憶には多かれ少なかれ共通する部分があるので、ヒットする理由もわかります。

ラストは少し恥ずかしい感じはありましたが、無事に僕も泣きました。あの手紙はもう駄目。
基本的にすぐ泣くタイプの僕なので、あんまり参考にはならないかもしれないけど、無事に泣きました。
6人が6人とも胸の奥で抱いている感情があって、それが邪魔してうまくいかないフラストレーション。
でも物事がシンプルになるほど、昔のままの自分たちで居られる自然さ。これは今の僕らにも言える事かもしれない。

劇場版も機会あればみてみたい。と思うくらい良かったです。

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The End_952 羽根木 / Nikon F3

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基本的に怠慢な人間
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「最強の二人」

「舟を編む」に続いて、メジャーめな作品を。
いつかみるんだろうけど、映画館でみるまでもなく、DVDでも新作でみる必要もないような作品。
んで準新作だけど、なんか100円で借りれたので、いい機会だと思ってみました。話題になってたし。
「事実を元にした物語」ってなると期待度あがるけど、最初じゃなく最後に「実は!」的な方が効果的だ思う。

パリの大富豪フィリップはパラグライダーの事故で首から下が麻痺していた。他人の同情にうんざりしていたフィリップは介護者選びの面接に現れた、失業手当が目当てのお調子者黒人男性、ドリスを採用する。生きてきた環境がまったく違う二人、クラシックとソウルミュージック。高級スーツとジャージ姿。美術の話と下ネタ。全く相容れない二人だったが、共通する部分は、二人とも偽善を嫌い、本音で生きたいと思う姿勢だった。お互いを受け入れ始めた二人の間には固い絆が生まれ始める。

障害者は健常者に比べ不便なことは多い、だからって変な色眼鏡でみないというのはすごく大切なことに思う。
不便なだけで同じ普通の人間だし。可哀想だとか思うのはもってのほかだ。
だけど頭では分かっていても、心からそう思える人はいるのだろうか。心底同じだと本当に思えるだろうか。
同情しないということってすごく難しい。たぶん完全に心の底からという意味では不可能だと思う。

この映画に出てくる二人の間には、そんな溝はまったく感じられなかった。
「そう思おう」とか「そうゆう風にしなきゃ」とかいう感情がみられない。それがみてて凄く気持ち良かった。
ちょっと間違えればきれい事になりかねないことかもしれないけど、嫌みも、偽善感もなかった。
多分これはもうすでに、障害者とか健常者とか関係ない話なんだろうな。シンプルに人対人。

そして障害があってもなくても、お互い苦悩は抱えてるし、現状に満足なんてしない。人間ってそうゆうものなのかな。
でもこの二人はいいバランスでその足りないものを補いあっていた。とても理想型だ。
全編通してニコニコしながらみれる映画。だけどそこまで絶賛されるほど名作かと言われたら、少し首をかしげる。
とても良い話でハッピーエンドだし、ホッコリするけれど。邦題についてはノーコメント。

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The End_951 荏原と渋谷 / Nikon F3

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他人の靴をはくこと
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「FINAL FANTASY X-II」

FFシリーズでどれが一番好きか、つったら悩むけど「X」はかなり上位にくると思う。
とにかく物語が好きで、センチメンタルな終わり方するし、普通に泣いた記憶がある。
そしてそのまま続いて「X-II」をやり始めて本当にガッカリ、というか怒りすら覚えた。
そのくらい本編とはキャラも空気も変わっていて、嫌になってすぐ売った経緯があります。

今回リマスターで発売されて、あんまり気が進まなかったけど、オンライン以外のFFは全部やってるのと
本編の延長じゃなく考えたらいいゲームだ。というレビューにも後押しされてプレイしてみた。
オープニングのユウナのコンサートと「ユ・リ・パ」だけ耐えれば大丈夫という情報もあったので耐えた。
そもそもオープニングから耐えてプレイするゲームってのもどうなんだ、と思うけど、耐えた。

結果としては、情報通りそれだけ乗り越えれば、バトルも爽快だし、後半の物語はそれなりにシリアスだし。
本当にそれなりにそれなりなゲームでした。でもやりこむかっつったら、しなかった。
基本ストーリーだけクリアして、エンディングみておしまい。FFおなじみの裏ボスや隠しダンジョンまではやらない。
アビリティも最低限、レアアイテムもいらない。とりあえずFFシリーズは全部やってます的なものだけ守った。

コンプ率100%になると、本編の主人公ティーダ復活イベントがみれるらしいんだけど、相当やりこまないと無理。
でもユーチューブで見れちゃうという現実。それの為に何十時間も費やす意味があるほどのゲームではなかった。
昔のFFは「頑張った奴にはこのすごいCGみせてやんよ」的なものがあったけど、完全に崩壊してるよな。。
「バハムート零式ってなんやねん!」とテンションあがってた時代はもう過去のものになりました。

CGのクオリティが飽和状態になりつつある今だと、RPGというかゲームに求められるものは物語性が大きな要素となる。
でもそうなるとゲームでなくて小説とか映画でいいんじゃね?となる。バトルとかアクションの楽しさとかあるけれど。
「ゲーム」は僕の数ある趣味の中で確立されてるひとつなので、これからも続けてやるんだろうけど少し考えてしまう。
FFシリーズぜんぶやってる発言しましたが噂の「FFXIII LR」笑は未プレイなので、時間見つけてやらなきゃいけん。

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The End 950 渋谷 / Nikon F3

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まん中のまん中のどまん中だよ












ぼくのYou Tubeプレイリストはこちら。
「My Favorite Things」
気になった曲をちょいちょい追加しています。

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I・KI・RU
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「舟を編む」

僕は三浦しをんという作家の本は読んだことがない。
この原作は本屋大賞になり、この映画もやたらプロモーションされてたのは知っている。
そうゆう類のものはあまり手に取らない僕なんだけど、どこかお気軽なものが見たい時は多々あります。
特に期待もせずに、映画というもの、物語をなんとなくみたい時。そうゆう時にこうゆうベタなものをみたりする。

小さな出版社に勤める馬締(まじめ)は暗い、キモいなど言われ職場では少し浮いた存在だった。しかし言葉に対する真摯な姿勢から、辞書編集部に異動になる。彼はそこで初めて辞書編集の仕事に出会い、くせ者揃いの辞書編集部でその作業にのめり込むようになる。今を生きる新しい辞書「大渡海」の完成を目指して長い年月を必要とする旅が始まっていた。

ところがどっこいこの映画、全然ベタではなかった。大きな流れは邦画でよく見られるあの流れなので予想はつく。
この人多分こうなるな。というのがそうなる。このあとこうなるでしょ。というのがこうなるのだ。
でもそうゆうのは全然嫌いじゃなくてさ。ウォーターボーイズ的なものと僕はくくっているけれど
そうゆうのも必要なんです。毎日ドストエフスキー読んでたら重いでしょ。たまには漫画太郎も読まなきゃ。

この映画はとても上品な映画です。言葉使いもそうだけど、誠実に真面目に生きていくことの素晴らしさがでてる。
僕は上品な人間ではないけれど、こう見えてコツコツやる系の人間なのでわりと共感できる部分はあった。
しかし辞書の編集ってのはこんな感じでやってたのか。と知らない事は多かった。脚色も含め。
小さい頃、辞書に対してなんの思いもないどころか、嫌いだった自分が情けない。血と汗の結晶なんだな。。

誰がなんと言おうと僕の中で松田龍平は、日本人で好きな俳優ランキングで上位に食いこむ俳優さんです。
松田優作がどうこうは関係なく好きな俳優さん。棒読みとかいわれてるけど、日常ってそうゆうものだ。弟さんは嫌い。
ネタバレになってしまうので細かく書けないけれど、僕にもいつか起こるであろうその時の演技、とても良かった。
ひとりじゃなくてよかったね。と切実に思う。しかもあおいちゃんで羨ましいね。良かったね。

10代の頃に読んだ本の中に「死んだように生きるな」という言葉があって、その頃の僕はえらく感銘を受けた。
馬締は暗く、スポットライトのあたる人間ではない、だけど生きていた。そしてそれは役割を与えられて光り輝いた。
そうゆう人生というのは振り返ったら一瞬に感じるんだろう。それを悲しい事ととるか、豊かととるかは人それぞれ。
だけど中身のある詰まったものにはなるのではないか。イメージ、イメージです。

どうせ生まれてきたんだからなんか残そうぜ。と今でも本気で思っている僕。
その10代の頃からずっと、紆余曲折、浮き沈み、いっぱいいろんなことがあるけれど変わってない根幹なこと。
その先に経済的成功なんて絶対ないんでしょう。でももしかしたらなにか残せるかもしれない。
それを悲しい事ととるか、豊かととるかは、本当に人それぞれだと思うけど、僕はそれでいいやと思った。

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The End_949 林試の森 / Nikon F3

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自動というなのウソ
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「村上春樹、稲越功一 / 使いみちない風景」

駒沢の素敵な本屋さんにいった時に、藤原新也と一緒に買った本。
文庫でもっているんだけど、とても好きな本なのでまた買ってしまった。
ちょうど一年前くらいに読んでこのブログに上げていた本。
その時の模様はコチラ。特にその時と印象は変わらずですが、写真が大きいとまた良い。

一年前の僕は西の方へ旅に出ようと思っていたみたい。でも結局僕は旅に出ることはなかった。
夏にかけてべらぼうに忙しかった、気が向かなかった、お金がなかった。
いろいろ理由はあるんだろうけど、結果的には、いかなかった。それだけ。
ことしはどうかな。気持ちは高ぶるでしょうか。自分にこうご期待。

今はただ雨の季節を楽しんでいます。雨音の中眠りにつく時の幸福感といったらない。
世界にひとりぼっちの感覚で、毛布にくるまって、丸太のように眠りにつくのだ。幸せだ。
ちなみに素敵な本屋さんでもう一冊買ったのは村上春樹のアンダーグラウンド。村上春樹作品で唯一未読のもの。
これは読み出すのに勢いがいる本だ。でも僕には順番待ちの本がいっぱいいるので焦らない。読む時は来るのだ。

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The End_948 駒沢公園 / Nikon F3

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河川、霧雨、傘
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「アキ・カウリスマキ / レニングラード・カウボーイズ」

フィンランドのアキ・カウリスマキ監督作品。前にフジ暴が言ってて、僕、知らなかったので気になってた。
しかしみてなかった。なんかその頃よくその監督の名前を耳にしてたから。みため映画通な人が特に言ってた。
そうなると僕、少しアングラで、マニアックだけど、少し流行っている。というのになかなか手を出せない。
そう、素直じゃないのです。でも今回みてみた。面白かった。良かった。フジ暴ありがとう。

ツンドラ地方で活動するバンド「レニングラード・カウボーイズ」のマネージャーは、彼らの演奏が酷すぎることを理由に、プロモーターから契約の解除を伝えられる。プロモーターはバンドを存続するためにはアメリカにいくしかないと助言し、なげやりにニューヨークの知り合いを紹介する。そしてマネージャーはバンドを引き連れニューヨークに向かうが、与えられた仕事はメキシコに住む、彼の従姉妹の結婚披露宴での演奏だった。

人数は違えど、ブルースブラザーズ的なノリがあった。アラン・パーカーのコミットメンツか?
バンドの皆がノリノリで演奏してるのに、観客はしれーっとしてるシーンがすごく印象的。
哲学的な意味はたぶんないんだろうけど、ブロウアップのあのシーンを彷彿とします。ジェフ・ベックのあれ。
なんか所々でいろんな映画のシーンを思い出すことが多かった。とてもいい意味でいっています。

そもそもなぞフジ暴がアキ・カウリスマキの話をはじめたかといえば宮﨑あおいの某アパレルブランドのCMをみて
「あれアキ・カウリスマキを意識してるよね」といったことから始まる。
今回初めてみてみたけど、某アパレルブランドのCMは意識してる気がする。否定じゃないよ。全然違うよ。
コントラスト高い色味なのに全体的にアッシュな感じと、意味ないのに意味深なセリフまわし。共通点は多いな。

その時たしか高井戸シネマでアキ・カウリスマキ特集をしてたのもあって、話は盛り上がった記憶がある。
二本立てでこの監督の作品をみるのは、どうなんだろう。苦痛感あるのかな。疲れそうだ。
でも今回みた「レニングラード・カウボーイズ」とはまた違う雰囲気みたいなので、DVDでみてみようとは思っている。
この映画のレビューで「これは現代版旧約聖書」と言ってる人がいた。本当に!?考えすぎなんじゃない?

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The End_947 神保町 / Nikon F3

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無慈悲な言葉
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「藤原新也 / コスモスの影にはいつも誰かが隠れている」

「ディングルの入江」以来、藤原新也の小説からは遠ざかっていた気がする。ちょっと重かったのかもしれない。
でも最近の自分は少しそうゆう重さを欲してる感じがあり、そんな時に駒沢の素敵な本屋さんで心引かれてしまい購入。
余談だが僕は素敵という言葉を使う男性をいまいち信用してない。けどその本屋さんは素敵としか形容できなかった。
そのくらい素敵な本屋さんです。ヒントは一階が「ナオキ」です。それではどうぞ。

東京メトロのフリーペーパー向けに執筆した14編を集めた短編集。通勤の途中、15分~30分で写真や記事を読み流し、会社に着くと同時にゴミ箱に投げ捨てられたりするもの。そんな短命な媒体に載せる為の、生と死の受け止め方から、小さな小さな幸せを描いたものまで。印度放浪やメメント・モリなどの小説や、写真家としても有名な著者の作品。

天童荒太の「悼む人」をよく話にだす僕ですが、あの小説まではいかないけど「死」に向かい合う文章が目に付く。
藤原新也といえば「死」の話というイメージもありますが、最近の作品はそこまででもなかったかもしれないな。
誰にでも確実に訪れるのにどこか触れてはいけない禁忌の言葉、普遍的ランキングがあるのならば、最高にトップ。
そんな重要テーマを日常で起こったことをふまえながら説いてる。読んでて辛くなる所もあるけど大事なこと言ってた。

「尾瀬に死す」という一節は、もうミステリー映画になりそうなくらいな話。でも現実にこうゆうことがあるんだな。
そして調べたらドラマ化されてるみたいだった。藤原新也の作品が映像化ってすこし意外に感じるけど、みてみたいな。
藤原新也本人の母親の話。メバルの件は感情移入してしまい苦しくなった。母親ネタだけは本当に涙腺が弱くなる。
僕にもいつか訪れるであろう、その時。僕はなにを思うんだろう。今はただ恐怖である。変わるのかな。

その他で好きだったのが「あじさいのころ」と「運命は風に吹かれる花びらのよう」という文章です。
「あじさいのころ」は写真の話。「運命は~」は男と女、そして新しく始まる命の話。
ちょうどそれを読んでいる時に、写真家のリカちゃんが出産に挑んでいた。無事に元気な女の子を出産、おめでとう。
だからというわけではないけど、このお話も重なる部分があり印象深く残っています。

女性は子どもを産むと景色が変わってみえるらしい。人の為に生きるという覚悟がそうさせるのか。
今まで目に入らなかった散りかけの桜が、今までみたどんな桜より美しく見えたりするらしい。
写真を生業にしている彼女の目には今までを違う景色が見えるんだろうか。これから写真が変わるのかな、、
そう考えると少し嫉妬する、うらやましい。しかしおめでとう!関ちゃんおめでとう!これから楽しみです。

話は戻ると全編に「死」というキーワードがちりばめられてるけど「生きる」ということを語ってるかもしれない。
直接的ではないけど、きっとそんな感じ。昔の印度放浪とかもそんな感じだったもんな。表裏一体的な。
著者がいろんな人に聞いた体験談。脚色してる部分はあるだろうけど、藤原節は健在で、やっぱり好きな作家です。
あとやっぱ写真。エピソードごとに一枚掲載されてて、やっぱりいいです。ポジの原色。ぶれぶれでも感じる写真。

以下引用ー
人間の一生はたくさんの哀しみや苦しみに彩られながらも、その哀しみや苦しみの彩りによってさえ人間は救われ癒されるのだという。私の生きることへの想いや信念がおのずと滲み出ているように思う。

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The End_946 駒沢 / Nikon F3

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きえた女の子
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「村上春樹、佐々木マキ / ふしぎな図書館」

「女のいない男たち」の時にかいた、初期と今では絶対的に作風が違うけどどっちも僕は好きだ、と。
んで、なんか昔の短編を読み直したいなと思った。所持してる本が多いので、読みたいものがすぐ読める。便利。
しかし最近思うように読書が進んでない。 ことしに入ってからかな。。
本だけでなく映画もどこか精力的でない自分がいます。なんだろ、そうゆうタームなのかな。

図書館に本を返しにきた「僕」は急に「オスマントルコ帝国の税金のあつめ方」が気になりそれについての本を探すことになる。そのうちに地下の107号室に案内されある老人に出会う。僕は老人に連れられてもっと地下の迷宮のさらに奥まで連れて行かれ、監禁されてしまう。

なかなか寝付けない夜に軽く読みはじめたこの本は、短いけど引き込まれ、すぐに読み終わっちゃった。
ファンタジー小説だけど、村上春樹の独特の空気ってすごくあるよな。この作品は特に。
老人、地下、羊男、女の子、図書館、と村上春樹ファンならニヤリとしてしまうことは多くて楽しい。
そしてかわいさの中にグロテスクな表現もあって、そのギャップが全体にゆるいミステリアス感をださせている。

物語は相変わらず意味深で、暗示的な部分も多くて、オチがあるかっていわれたらわかんないけど
やっぱり僕はこうゆう村上作品がとても魅力的に思うんです。
村上春樹について難しいことを考えてるみなさんは、こぞって「喪失感」といっているけど、たぶんそれ。
失ったけどなにか前と違う自分。人間は喪失しながらも前に進んでいくのだ。タフに。ハードボイルドに。

以下引用ー
いったいどこまでがほんとうに起こったことなんだろう?しょうじき言って、ぼくはたしかなことはわからない。ぼくにわかっているのは、僕の革靴と、ぼくのむくどりがじっさいに失われてしまったということだけだ。

大人だから、子どもだからとかあんまり関係ないかもしんないな。
たぶん僕が60歳になっても読めるファンタジー小説です。童話でもあるのかな。
それと佐々木マキの挿絵も大好きです。安西水丸の独特な挿絵もいいけど、こちらもなかなかどうして。
ぱっとみただのカワイイ絵なのかもしれないけど、文章読みながら見てると、絵までどこか意味深で暗示的に見えてくる。

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The End_945 溜池山王 / Nikon F3

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