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フォーエバー・ヤング
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「エデンの東」

ジェームス・ディーンは「理由なき反抗」しかみてない。つっても若くして亡くなってるから他に作品はあまりない。
事故で亡くなってなかったら「傷だらけの栄光」にでる予定だったらしい。その役はポール・ニューマンが演じた。
それがなければ大好きな映画「スティング」でポール・ニューマンをみれなかったかもしれない。
ポール・ニューファンである僕は、なんとなくジェームス・ディーンもみとかないといけない気がした。なんとなく。

1971年カリフォルニアで農場を営むアダムには二が双子の息子がいた。兄は真面目な青年で、弟のキャルはどこか偏屈で家族からも疎まれていた。アダムはキャルに「母親は死んだ」と話していたが、キャルはそのことを信じず、町外れの酒場を経営しているケートが母親だと信じ込んでいた。そして自分は水商売のふしだらな母親の血を引き継いでいるからこそ、不良になってしまったのだ、思っていた。彼の暴れる自意識は、限度を超え方向を失いだす。自分でも分かっているのにとめられなかった。

これは思春期の陰鬱した心境がすごくでてる映画だ。ジェームス・ディーン映画初主演?すごいな。
「自意識」という嵐の中で過ごす時期というのは、アメリカと日本、そして時代など関係せずに共通なものなのか?
そのくらい共感してしまった。ちょっと人間的にクセがありすぎのようなきもするけど。。
ジェームス・ディーンの甘いマスクでいわれても「リア充のくせに」という気持ちも少なからず、ある。

基本的にこの時期の男子は寂しがり屋で、かまって欲しくて、みて欲しくて、認めて欲しい。
でも素直にそういえないのだ。それは大人になっても少なからず、ある。
映画の中ではまったくという程認められないし、誰にも相手にもされてない感じはすごく痛々しかった。
その中でも、兄の恋人であるアブラの存在は唯一の助けになってたんじゃないかな。

「理由なき反抗」と同じく、この映画も戦争が背景に見え隠れしている。第一次世界大戦。
アメリカ映画によくある、自国を肯定するような表現は、あったようなないような。
いわゆる「大脱走」的なドイツ兵=悪な表現とかはあんまりなかった。
列車の上に乗り、セーターに包まれてる絵は有名。で、とても好きなシーンです。

ジェームス・ディーンのことはあんまり詳しくはないけど、僕ら世代ではリーバイスのCMが印象深い。
その頃には亡くなってるんだけど、アメリカの伝説的なスター俳優という刷り込みはそこから始まっていると思う。
だけど実際映画を観てみると、男前でかっこいい顔してるんだけど、役柄はオドオドしてて猫背でパッとしない。
そうゆう役だからなんだろうけど、いわゆるアメリカ映画のスター!という感じではないのだ。演技派ということ。

1955年に24歳の若さで事故で亡くなった彼。60年前なのに、今でもかっこいいと思える人なのか。すごいな。
今生きてたら。とまでは思わないけど、死ななかったら他の作品も残ってるだろうし、それは本当にみたかった。
死んだから伝説になったか?そんなのは絶対にウソだ。死んだら終わり。生きてこそだ。
とか言い出したらちょっと脱線した話になってしまうので、それはまた。



なんかあったので貼っておきます。
かっこいいな。

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The End_944 渋谷 / Nikon F3

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色盲の少年の旅
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「岩井俊二 / スワロウテイル」

僕はこの映画を、岩井俊二作品の中で一番俗っぽい物語だと思っている。いろんな意味で。
岩井作品前期の「映像美」を追求した、、追求しまくったものとは違う、俗っぽい物語。
スワロウテイル後、前に書いた「リリィ・シュシュのすべて」があり、現在に向かっていく。
僕の中では前期と後期を分ける作品です。どちらが好きか、と聞かれたらどっちも好きです。

「円」が世界で一番強かった時代。お金を求めて日本には外国人が集まってきた。日本人はその街を「円都 -イェン・タウン- 」と呼び、そこに住む違法労働者を「円盗 -イェン・タウン-」と呼び卑しんだ。その街に、娼婦の母親が死んで行き場がなくなった少女がいた。母親の同僚にたらい回しにされる中、ある娼婦グリコの元に引き取られることになる。グリコは胸の谷間に蝶のタトゥーを彫り、美しい歌を歌った。そしてグリコは今まで名前を持たなかった少女に「アゲハ」という名前を与えた。

僕は岩井俊二を、映画監督として好きなのか、映像作家として好きなのか、分からない。
どっちも少しずつ好きだし、どっちも少しずつ好きじゃない。でも相対的にみると大好きで、ファンなんだと思う。
なんか曖昧な意見ですが、ただ、この映画だけは岩井作品の中でも異質な作品だと思っている。
何度もみてるから好きなんだろうけど異質です。よくいえばエンターテインメント。悪くいえば商業主義なのかも。

映画としては物語も設定も映像も俳優も音楽もすべてマッチしてて、すごく質の高い完成された物になっている。
そしてそれは当たり前のようにヒットし、スワロウテイル信者なるものも現れ、どこか神格化された。
僕も何回もみてるし、何回もみたいと思うので、大好きな映画なんだと思います。ただ、この物語ってどうなんだ?
落ち着いてみてみると、特に魅力的な話に思えないのだ。いろんな演出でごまかされているだけで。

僕の性格は素直からかけ離れ、なるべくシンプルに、余計な物をそぎ落として、根幹を探しながら物事をみてしまう。
グリコの過去も、伏線回収も、アゲハの葛藤&昇華も、フェイ・フォンの優しさも、ぜんぶ納まって素晴らしい映画だ。
何度もいうけどまたみたいと思うし、みるんだろう。だけどなにがいいたいのかは、実際よく分からんかった。
すべてうまくいってるのになにか釈然としないこの気持ち。不思議な映画。でもまたいつかみるんです。不思議。

この映画を「雰囲気映画」と格付けする人もいるけれど、僕も賛同しちゃうかもしれない。
その言葉だけ聞くとあまりいい意味には聞こえないかもしれない。でも僕の場合はいい意味です。
ここまで雰囲気作れるってすげえことだし、何度も何度もいうけれど、大好きな映画なんです。
だけど性格上、どこかにメッセージや哲学めいた物を探してしまうというだけ。しいていえばフェイ・フォンかな。

「リリィ・シュシュ」の時にも書いたけど、アゲハ役で伊藤歩が出演しています。
みていると、まだいたいけな少女。って印象だけど、確か僕と同じ歳だったはず。ということは当時16歳。
それであの存在感。CHARAを初めとする濃いキャストの中で光ってます。それはファンだからそう見えるのかな。
テレビみないから分からないけど、今どうゆうポジションの女優さんなんだろ。いろいろみてみたい。

基本グロ禁止、な僕なので、痛い&気持ち悪いシーンには毎回辟易してしまいます。
とりあえずそうゆうシーンがあることを知っていれば、目をつむって対処すればOKです。完全に女子な感じです。
休憩挟んで6時間弱。お尻はけっこう痛かったけど、好きな映画なので苦痛ではなかった(時間が長く感じなかった)
この映画公開が18年前という事実。本当に時間は暴力的だけど、時間が経ち良くなることも多いので、いいのです。

僕は岩井俊二を、映画監督として好きなのか、映像作家として好きなのか、分からない。と書いたけど
小説家としての岩井俊二が一番好きかも。すごく文才のある人なんです。中でも「ウォーレスの人魚」という小説。
アルフレッド・R・ウォーレスという、ダーウィンの進化論の影の立役者の小説が秀逸です。
現代版、人魚伝説。ぜひ機会があれば。僕も再読したい。

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The End_943 古市場 / Nikon F3

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あじさいのひかり
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「岩井俊二 / リリィ・シュシュのすべて」

目黒シネマで岩井俊二特集をやっているのを知っていますか?
金曜日までは「リリィ・シュシュのすべて」と「スワロウテイル」の二本立てを上映してた。
ということで岩井俊二も二本立ても大好きな僕なので、いってみてきた。
ちなみに6月28日からは二週連続で、なんと三本立て!きっと行くんだろうけど、大丈夫かな、僕。

カリスマ的なアーティスト「リリィ・シュシュ」のファンである中学二年生の雄一。クラスメイトにいじめを受けている彼は、自らが管理人としてリリィのファンサイト「リリフィリア」を主宰していた。そこでで知り合った「青猫」という人物と交わされるチャットだけが、彼の心の支えになっていた。雄一をいじめている星野という男子学生は、もともとは剣道部の仲間で仲が良い二人だった。しかし夏休みに仲間と出かけた沖縄旅行をきっかけに星野は突然豹変する。

映画の設定である13~14歳、いわゆる中学二年。多かれ少なかれ皆この映画と同じような経験をしたのではないか。
少なくともこの映画をみていて素直に感じるのは「あぁ、あの時、こんな感じだった。そうだった」という気持ち。
当時の中学校教育という、今考えると理不尽極まりないものや、人間関係のドロドロさ、いじめ。そして男と女。
肉体的にも精神的にも急激に成長して、いろいろわかってきてなにがなんだかわからないカオスな時期。

一言いうとこの物語はとても不快な映画です。自然と眉間にしわを寄せながらみてるシーンは多い。嫌悪感は満載。
でもみいっちゃう、ひかれちゃう。なぜか?感情移入するから。映像が美しいから。物語の展開に飽きがこないから。
いろいろあると思うけど、たぶん「現実に救いなどない」という確固たる事実を突きつけられるから。たぶん。
皆気付いてるのに触れない方が良さそうなもの。それに少し触れてるから、みてる人の心が動くんです。たぶん。

そのくらいこの物語は絶望的。直接的な表現じゃなく、こうゆう絶望感を実感できる事はあまりない。映画だと多いかも。
その直接的な表現じゃないというのがミソで、現実はどこかしれっとしてて当たり前に流れ、皆少しずつ絶望している。
R・チャンドラーの小説で「さよならを言うのは少しだけ死ぬことだ」という言葉と同じようなそうでないような。
この映画はそのしれっとした感じが出てて、星野も蒼井優(役名忘れた)もその後の説明はない。しれっと日常は流れる。

音楽にすがる雄一の姿は当時の自分とかぶるものがあった。僕が思春期の時、ある種の心の支えを音楽に求めていた。
今とは絶対的に音楽の聴き方は違かったと思う。あの頃は音楽と空と多摩川があればそれでよかった。はず。
あの頃と現代では人間関係もいじめの種類も違う気はするし、音楽も文化としてのあり方の根幹から違う感じがする。
とか言うと随分歳をとった感じになるけどさ。あの理不尽な権力みたいなものは、いまでもあるのかい?

別に都会だから地方だからどう、という意味ではないけれど、山形出身のフジ暴はこの映画を「地方的」だと言ってた。
この映画の舞台は栃木県。佐野とか。どちらも僕が育った川崎より物も情報も少なかったはず。そうゆう意味で地方の方が
思春期特有のよくわからないフラストレーションは方向を失い、理不尽な暴力やいじめに繋がりやすいのかもしれない。
しかし全部過ぎた後では「そうゆう時期だ」という一言で片付けられてしまうものかもしれない。良くも悪くも。

人によってはそうゆう時期を青春と呼んでいたりするけれど、タフになれず脱落していく人もいる。
一生の傷になる人もいるだろう。自殺する人もいるんだろう。残酷で、理不尽で、陰鬱な時期だけど、
人生において一番、世界が光り輝いてみえる時期でもある。と思うのは過ぎた後、思い返して美化されてそう思うのか。
僕は運良くその時期を乗り越えることができた。だけど、その時の記憶が甦る、そんな物語。また何年後かにみたいな。

僕はこの映画に出てる伊藤歩という女優さんが好きで、今でもスクリーンでみると嬉しさを覚える。
蒼井優もこの頃はすごく好きです。この映画に限って言えば蒼井優の存在はすごく大きいと思う。
実は僕、作中に出てくるあの鉄塔も、わざわざ佐野までみにいったくらいです。もちろん田んぼも。
今の時期はきれいなんだろうな。またみにいきたい。

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The End_942 井の頭公園 / Nikon F3

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ピンチでございまーす
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The End_941 立川 / Pentax645

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ディス・イズ・ピクニック
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The End_940 砧公園 / Nikon D600

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変質者という名のもとに
僕は自分のことを「気持ちがいい人間」だとは思ってないし、どちらかと言えばわりと気持ち悪い部類に属するんだろうなと思っています。普通ってなんだ?って中学生みたいな話になると、今でもやっぱりよく分からない部分はあるけれど、どう見積もっても僕は普通の人とはいえない気がする。いわゆる「変な人」なんだと思う。でも犯罪を犯すような人間ではないし、ある程度の常識は持っていると思っている。線を引けている変な人という感じなのかな?そんなんだと思っています。たぶんね。なんか急にすみません。話は先週にさかのぼります。

その時は訳あって自宅で仕事をしていた。それも結構な急ぎの仕事で、夜遅くまでかかりそうな雰囲気だったので夕方のうちに買い物をすましておこうと思い外出した。ちょっとそこまで、なのでラフな格好で出かけた。Tシャツ一枚にコーデュロイのパンツ。ロールアップして裸足にビーサン。いつもの帽子をかぶり、コンタクトめんどうだから眼鏡のまま。っつー僕のことを知ってる人なら、まあいつもの僕の格好の延長だと思ってくれるでしょう。しいていうならばその日は少し風が強くて肌寒かったので「ちょっと薄着かも」ということくらい。それでも5月、一年で一番気持ちいい5月。半袖でもまあ大丈夫だし、僕以外にも同じような格好の人はいたはず。だからたいして服装は変ではなかった、はず。

家から歩いて5~6分の所に某スーパーあって、そこに向かう途中にお弁当屋さんがある。そのお店の前におじさんが立っていて、僕がそのおじさんの前を通り過ぎた時に「うぇ、気持ち悪い」という声が聞こえた。ファーストコンタクト。でも後で考えればなんか言ってたな、、と思うだけでその時はあまり気にならなかった。僕はスーパーでいつもどおり買い物をすまし、お気に入りのアイスも買って家に帰ろうとした。あたりまえだけどまたお弁当屋さんの前を通ることになる。その時、店の前に立ってこっちを見ているおじさんに気付いた。外見は普通のおじさんで、いわゆるホームレスだったり、酔っ払った感じの人ではなくどちらかといえば小綺麗な格好をしていたはず。シャツにコットンのジャケットを羽織ってるような感じ。その時はまだそんなに気になってなかったので「なんかこっち見てる人がいるなー」くらいにしか思ってなかったんだけど、僕がおじさんの前を通るときに「気持ち悪い、気持ち悪いな」とぶつぶつ言っていた。その時「もしかして僕にいってるのか??」と思ったのだ。少し気になったけど僕はそのまま通り過ぎて自宅方面に歩いていった。途中、薬局で少し買う物があったので寄り、お店から出た時に気になってお弁当屋さんの方を振り返ると、そのおじさんは3~40mくらい離れてる向こうからまだ僕のことを見ていた。恐い気持ちと、なんかむかついてきたのと、変な期待感が混ざって、またお弁当屋さんの方に歩いていってみた。「次にまた前を通ったら同じことを言うのかな?」と思って。そうしたら案の定、そのおじさんは僕が横を通る時に「わ、気持ち悪い」と言ってきたのだ。

僕は立ち止まりおじさんを注視した。そしたらまたぶつぶつと「気持ち悪い、気持ち悪い」と言っていた。完全に僕の目を見て。僕はおじさんに「さっきからなんなんですか?」と聞いてみた。おじさんは僕の足下から頭の先をなめるように見て「お前気持ち悪いな、大丈夫か?」と言ってくる。酔っ払ってる感じはやっぱりない。僕は「僕?僕のどこが気持ち悪いんですか?」と聞くと「どこってお前、聞くまでもないだろう、鏡みてみろよ気持ち悪い」と言っていた。最初にかいた通り僕は自分のことを「気持ちがいい人間」とは思っていない。どちらかといえば気持ち悪い人間に属すると思っている。だけど見ず知らずの人間に「気持ち悪い」といわれる種類の気持ち悪さではないはずだし、そもそも他人にそんなこと言われる筋合いはない。はずだ。でもそのおじさんは本当に屈託がなく、なんのためらいもなく、とてもまっすぐな瞳で「お前大丈夫か?」と僕に言ってくるので訳がわからなくなり、本当に自分が大丈夫なのか不安になってきた。「自分では気付いてないだけで、もしかして今の僕にすさまじく気持ち悪い部分があるのかもしれない」と思ってきた。そして稲妻が走るかのようにひとつの仮説が僕の中を駆け巡った。

「このおじさんがなんのこと言ってるかまったく分からないけど、もし今の僕がチャックが全開で、局部まるだしのまま歩いてたら、、そしたらこの状況にも合点がいく。それはさすがに気持ち悪いし弁解の余地はないし、おじさんがここまで言うのも納得する。やばい、きっとそうだ」と思った。そこまで思わさせる強烈なプレゼン力がそのおじさんにはあった。そのくらいおじさんの僕に対する言葉はまっすぐでシンプルで説得力があった。僕はおそるおそる自分の股間を確認した、結果は、幸か不幸かちゃんとしてて、チャックも完全にしまっていた。僕は心底ほっとした記憶がある、、だけど、そしたらこのおじさんが僕のどこに対して「気持ち悪い」といっているのかが、まったく分からなくなった。なので「だから僕のなにが気持ち悪いんですか」ともう一度聞いてみた。そしたらおじさんは動物の咆哮を思わせる、すごく大きな声で。

「近寄るな変質者!!」

と叫んだ。まわりにそんなに人はいなかったけど、それでも夕方の商店街のど真ん中。一瞬空気が止まった。僕はその言葉と声の大きさにびっくりして、急にものすごく恐くなり、踵を返してその場を離れた。すぐ先の交差点の角を曲がる時に後ろを振り返ると、そのおじさんは僕をにらみつけるようにまだ見ていた。完全に悪夢だ。僕は今起きた事に整理がつかなくて、そのままそこからすぐ近くにある嶋さんの店に向かった。嶋さんは髪を切ってくれる人で、幸いにもその時お店にお客さんはなく嶋さん一人だった。なので今起きた事を聞いてもらった。その時の僕はとにかく客観的な意見が欲しかった。嶋さんに「そんなことがあったんだけど、ぼくそんなに気持ち悪いですか?」と聞くと(今考えるとすごい質問)「いや、いつものけんちゃんだ」といってくれてた。いつものけんちゃん=気持ち悪い。ということかもしれないけど笑。とりあえずお店の鏡で自分をみてみても、薄着なくらいでいつもと大きく違う所はない。とりあえず人に話したこともあり少し落ち着いたので、嶋さんにお礼を言って自宅へと向かった。家に着く頃にはアイスは完全に溶けてベチャベチャになっていた。

それからいろいろ友達に電話して、今あったことを聞いてもらった。みんながみんな僕が変質者ではなく、そのおじさんが変質者だといってくれる。そして「そうゆう人にむやみに近づかないほうがいいよ」と口を揃えていう。話しかけるなんてもってのほかだし、ナイフとか出てきたらどうするんだ、とか。そう言われて思うけど、その可能性もあったんだなと想像すると恐くなる。でもとりあえず物事は「僕ではなくそのおじさんが変質者」ということで勝手に結論づいた。だけどいろいろ考えてしまう、そうゆう所が僕らしい所で、どんなこともなにか理由があって起こったんだと考えてしまうのだ。いわゆる星新一のSFみたいな話だけど、僕がみているものと人がみているものが違ったらとか。僕の普通と、人の普通は違うこととか。僕は服を着ていると思っててもスッポンポンかもしれなかったらとか。想像(妄想)は進むと、現実とはなにか?時間とはなにか?世界を構成しているものはなんなんだ?みたいな壮大な話にもなりかねなくなってきて、今考えてもそれから数日はどこかフワフワして、なんか変な感じだった。現実のような非現実のような曖昧な感じ。そしてトラウマ言えるほど偉そうなものではないけれど、被害妄想も大きくなった。例えば、エレベーターに一人で乗った時、締まる直前に入ってきた人が「あっ」といって降りていった。たぶん上行きと下行きを間違えただけだと思う、たぶんそうだと思うけど心のどこかで「僕が変質者だから降りてったんだな」とか思ったり、すれ違いざまに女の子とすごい目が合った時とかも「変質者だと思われてるのかな。」とか、いちいち面倒くさいけど思ってしまう。自意識過剰といえばそうなんだけど「なんかこんな僕ですみません」感が前より強くなってた気がする。基本的に「変」ということや「人と違う」ということは個性であり、いいことだと思っているけど、その何日間かはそう思えない自分がいた。

便宜的に今回のあのおじさんが「変質者」として話は終わってしまうけれど、もしかしたら僕があっち側かもしれないし、もしかしたらもうあっち側がこっち側かもしれない。となるとこっち側がすでに自分が思うあっち側で、もうなんだかわからなくなる。ボブ・ディランのいう「君の立場になれば君が正しい。僕の立場になれば僕が正しい」と同じようなそうでないような。今となっていろいろ考えてみると、人間はいろんな物事を肯定したり否定したり、取捨選択して自我を屹立させているんだと思う。その時の僕はいわゆる人間の基本となる地の部分が揺れていた。自分が普通だと思っていたことが、もしかしたら普通ではないのかもしれないという地の部分がグラグラしてた。そんな状態ってこんなに不安になるのか、と思うくらい不安になった。幸いにも僕はそんなに大げさなものにはならなかったけれど、自分で確立していった精神的支持が完全になくなった時、人間の精神はどうなっちゃうんだろう?と想像すると恐ろしい「タガが外れる」ということはそうゆう状態のことを言うのかもしれないな。そしてそれはすごく紙一重で、僕もそうなったかもしれないし、誰にでもそうなる可能性はあるということなのだ。今じゃすっかり元通りの自分に戻っているけど、なんかいろんな意味で大変でした。本当にその人が変質者だったのかどうかはいまではもうわからない。もしかしたら霊能力者で、僕の心を見透かし、腹の底で抱えてるドロドロした部分を見透かして「気持ち悪い」と言っていたのかもしれない。もしかしたらなにかの化学療法を受けて、自分でも気付かないうちに透視能力を身につけた人間だったのかもしれない。本当の所を確かめる方法はもうないし、あのおじさんに会うこともないんだろう。全ては自分の中で昇華しなければいけないことみたい。そして僕はまた物事を都合よく整理し、取捨選択をして自我を保とうとするのだ。

余談だけど、僕が「近寄るな変質者!」と言われてるシーンだけみると、僕が完全に変質者側にうつっていたかもしれない。たまたま警官がそこだけみてたら連行されてたのは僕なのかな。。痴漢してないのに電車内で女の子に痴漢扱いされた男性のような状況になっていたかもしれない。もしかしたら冤罪はこうゆう日常から始まるのかもしないなと思った。現実こわい。社会ってこわい。

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The End_939 渋谷 / Nikon F3

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オスマントルコ帝国の夢
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「ワイルドシングス2」

こないだみた「ワイルドシングス」が面白かったのでみてみた。
そん時、シリーズで3まで出てる。とかいたけど、4まで出てるみたい。ということで2も期待大でした。
1のキャストや物語に関連性はまったくなくて、全然違う話でした。
ただ、二転三転する物語や、性表現のあり方は踏襲しているみたい。

ハイスクールに通うブリトニーは幼少時に母親が大富豪と結婚したことで、裕福な生活を送り、ハイスクールでも一番の地位に立っていた。しかし母親は事故で死亡し、義父と二人で暮らす生活に満足感はあまり感じられなかった。そんな時、幼少時はトレーラーハウスで貧乏暮らしをしていたブリトニー親子に、疑問を持つ同級生が現れる。なにかと因縁をつけてくる同級生を煙たがっている時、義父が飛行機事故で死亡してしまう。

前作と違って構えてみてしまった。どうせお前裏切るんだろう?という視線で物事をみてしまう。
そうなるとすごく短絡的にみえてしまって、引っかけや伏線もすごくちゃちな物に見えてしまった。
、、うーん、想像になっちゃうけど、純粋にみれたとしても少し違和感がある内容だったかもしれない。
無理がある。トリックが雑。最終的なネタバレもなんか全然ビックリしない。という感じでした。

典型的な「二作目の難しさ」にはまった作品かもしれない。
「どんでん返し」ということに固執してしまって、複雑化してしまい、なんだかよく分からなくなってた。
不必要な小さめのどんでん返しがすごく多く感じて、見てて疲れてしまう。「それいる?」と突っ込んでしまう。
犯罪のレベルも低下してた。そんな雑な殺し方で「完全犯罪達成ね!」と言われても。。という感じ。

前作でもそうだったけど、ライトなサスペンス映画、でもビックリ!そしてエロ。
というのは踏襲されてるけど、前作の方がシンプルで良かったです。素直にビックリもしたし。
3、4も同じくキャストも物語も違うけど、同じような路線での話らしい。
ちょっと今回残念な感じだったので、続きはみないことにする。

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The End_938 古市場 / Nikon F3

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ミルクホワイトのもや
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「郵便配達は二度ベルを鳴らす」

4回も映画化されている名作。ジャック・ニコルソンは大好きな俳優ですがみたことなかったので。
しかしジャック・ニコルソンって昔からずっとハゲてる。ずっと同じくらいのハゲ具合。逆に難しい。

カリフォルニアでその日暮らしをしているフランクは、ヒッチハイクでロスを目指していた。途中立ち寄ったガソリンスタンド兼ダイナーで、店主にここで働くよう頼まれる。興味がなかったフランクは一度その場を離れようとするが、店主の妻コーラに惹かれ整備工として働き始める。コーラと夫の仲は悪くはないもののどこかマンネリ感は否めなく、心の片隅で刺激を求めていた。その時現れた風来坊な男性にコーラ自身も惹かれるものがあり、二人はすぐに関係を持つようになる。

単純に不倫、浮気、不貞、愛欲の行き着く先、的な話だと想像してた。
想像通りっちゃあ想像通りなんだけど、それだけじゃなかった。
ただの「なにかに飢えている二人」の利害が一値して愛欲に溺れている訳ではないということ。
信頼と猜疑心を行ったり来たりな不安定な感情がみえて、そこには小さいけど「愛」みたいなものが見え隠れする。

物語は2時間では語り尽くされない程、いろんなことが起こって、すこしバタバタ感を感じた。
サーカスの件はちょっと意味分からなかった。のちのち急に押し上げられる感も無理があった。
要所で「この映画はなにを伝えたいんだ?」と少し冷める所があったのは事実。
だけど見終わった後に振り返って考えると、とても一貫した映画かもしれない。

ジェシカ・ラングという女優さんの美貌&妖麗さ、つったらもうため息が出た。
前半は少しメイクもキツく、不貞行為に勤しむ姿は場末感が否めないんだけど
中盤から終盤にかけてのすっぴんに近いメイクの透明感。そして涙。これには息をのむものがあった。
この感じって「PARIS TEXAS」のナスターシャ・キンスキーと同じだよな。ギャップ。

そしてジャック・ニコルソン。こうゆう役をやらせたら右に出る者はいないんじゃないだろうか。
気持ち悪い、本当に気持ち悪いのだ。そしてダメ男っぷりといったらすごいくて、鬼気迫るものがある笑。
と思ったら急に男気を出したり、ゆすりたかりにも負けなかったり。ちょっとかっこいい。
そしてずっと同じくらいのハゲ具合。もう僕は大好きなのです。

全然かみ合ってない二人だけどさ、中盤までに見え隠れした小さな愛いたいなものを、後半に向けて集めようとしてた。
その姿はすごく清々しくて、なんか感動してしまった。裸足で無邪気に水辺に入るコーラもすごくキラキラしてた。
終わり方は賛否あるかとおもいますが、僕はすごく印象的なものになった。
やっぱり昔の映画でもいいものはいいのだ。

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The End_937 南千住 / Nikon F3

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安酒の汚点
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「GRAVITY DAZE」

ペルソナ3の後にリハビリ的な感じでやってた。
結構な評価をされてる作品で、高額でもないからじゃあやってみっぺ。的な軽い感じで。
レビューはそろって高評価なんだけど「物語がまったく終結せずに終わってしまう」的なことを皆いってた。
それなのに高評価ってどないやねん、という訳でとりあえずやってみた。

巨大な円柱の周囲を取り囲むように築かれた空中都市ヘキサヴィル。この歳は謎の「重力嵐」によって壊滅の危機に瀕していた。記憶を失った少女キトゥンは、みたこともない町で目を覚まし、不思議な黒猫と出会う。その頃、重力嵐と共に現れた謎の怪物ネヴィが街を襲っていた。キトゥンは黒猫より授かった力を使い、重力姫として街の人々を守る使命を授かる。そしてもう一人の重力使いクロウや、世界の創造主などと関係を持ちながら成長し、街や自分の存在をとりまく謎の核心に迫る。

結果的にはすごく良作だと思います。グラフィックもアクションも、世界観も好きな感じでした。
特に世界観。ベルヴィルランデブーのような世界は完全にツボでした。フランスコミック的な表現も。
そしてアクション。成長前はいろいろと規制があってイライラする。だけど物語が進むにつれて軽快になる。
もう気持ちがいいほどに軽快になる!それはとても爽快な感じでした。

PSVitaの機能をすごく使ってて、操作はすごく新鮮。でもジャイロ機能だけなんともうまくない。
特に戦闘の時のジャイロ機能は本当にイライラした。寝っ転がってプレイすること自体が無理なので、わりと嫌になる。
そもそもなぜそのジャイロ機能がオフれないのかが疑問でした。好きな人だけ使えるでいいんじゃなかったのか?
それ以外は動作は軽快で、効果音も無双感もとてもいいです。

そして問題の物語性だけど、これがもう気持ちがいいほどの「未完」そして急な終わり方。
何かわかんないけど不思議な所で目が覚めて、なんやかんやバタバタと物語は進み、謎は深まり。
やんややんやと色んな所に行き、敵だと思ってた人が急に仲間になり、なんか急に悪者が出てきたりいなくなったり。
急にでかいのが出てきたなと思ったら、なんかもうおしまい。と全てが急な感じでした。

広げた風呂敷はまったくたたまれなかった。という訳です。
でももし続編が出たらやるなあ。と思うということは、悪くない作品だったんだと思う。
グラフィックもいいし、登場人物もみな魅力的です。
主人公のキトゥンも、創造主のじいさんも雰囲気はすべていい。という訳で続編に期待です。

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The End_936 南千住 / Nikon F3

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むね高鳴るできごと
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「村上春樹 / 女のいない男たち」

東京奇譚集のあと9年ぶりに刊行された村上春樹の短編集。発売日に買って、早速読んでみた。
「色彩を持たない〜」は発売から少し置いたけど今回はすぐ読んだ。短編だからかタイミングなのか。
内容はどれもそれなりに短くて、それなりに長い。消化不良にならず文字を追うのにも疲れない、ちょうどいい長さ。
なのですぐ読み終わってしまった。とてももったいない気持ちでいっぱいでしたが、それはもうしょうがないことです。

読んでいて率直な感想は、昔の短編とは全然違う。かな。いい意味でも悪い意味でもなく。
東京奇譚集あたりからそんな感じはしていた。こないだの「恋するザムザ」とかも。
それは短編に限らず長編でも言えることだけど、短編に限っていえば僕はどちらかというと昔の方が好きです。
長編は昔も今のも好きです。なにが違うのか、難しいことはわからないけど、単純に昔の方がファンタジーだからかな。

僕は村上春樹を、ありえない話をしごく現実的に聞こえるような文章をかく。というのにとても秀でた人だと思っている。
だってありえないことが普通におこるじゃない?しかもなんか普通に納得しちゃうじゃない?
思い返したら突拍子もない話なのに、どこか現実的な感覚。それがもう好きで。
昔の短編にはそうゆうのが多かった気がする。なんでもないんだけど不思議な世界。

村上春樹の短編で一番印象に残ってるのは中国行きのスロウ・ボートに入ってる「最後の午後の芝生」という話。
これは今でもありありと情景が想像できる。あの狂ったように暑い夏の午後。青々しい芝生。
とても日常でとても非日常な不思議な話だった。今作集はそうゆう「物語」というよりもつらつらと文章が続く感じ。
最近の兆候なのかな。分析めいた、心の奥底を探るような文章。何度もいうけどこれはこれで好きです。

前に「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」という対談集の中に出てきた話に繋がるのかな。
コミットメントとデタッチメントという話。とても面白い話だった印象。
初期の彼の作品は長編短編に限らず、デタッチ(関わりのなさ)している方向らしい。
だけど最近の作品はコミット(関わり)してるそうだ。その現れということなのかな。わかんないけど。

僕が一番好きだったのは表題作の「女のいない男たち」です。
深夜に電話のベルが鳴った。その電話は昔付き合ってた女の子の夫で、その女の子が自殺をしたという報告の電話だった。
この短編だけ、さっき書いた「昔の村上春樹の短編」っぽい雰囲気をはらんでいたような気がして。
それか、急に電話がかかってくる始まり方が好きだったのかも。パスタはゆでてなかったけど。

はやく新作長編でないかなー

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The End_935 羽根木 / Nikon F3

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同窓会の夢
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「ワイルドシングス」

どんでん返しといえば!という映画らしい。だから逆にあんまり期待しないでみてみた。
構えて見るよりも、自然にちゃんと引っかかった方が素直かなと思って。
DVDの設定がわからなくて、何十年かぶりに映画を日本語吹き替えでみた。意外と楽ちんでよかった。
当時すごく話題になった映画みたいだけど、あまり健全そうな映画ではなかったからか未見な映画。

ハイスクールで人気のある教師、サム・ロンバートは教え子である女子生徒ケリーから誘惑される。しかしサムは理性を保ち対応をしていた。しかし、ある日ケリーはサムにレイプされたと訴えられてしまう。サムは生徒から人気がある有名な高校教師だったことや、ケリーの母親が地元ではとても有名なお金持ちだったことから、大きな事件としてマスメディアに取り上げられることになる。無実を訴えるサムは頼りなさげなボーデン弁護士に弁護を依頼する。

あらすじだけ聞くと性犯罪における冤罪、法廷ドラマ、それでも僕はやってない的な物語だと思ってた。
アラン・パーカーの「ライフ・オブ・デビッド・ゲイル」的なものだと勝手に思っていた。
しかしこの映画、全然想像と違って、驚きの連続でした。素直にみて正解、おもしろかった。
ちゃんと引っかかって、ちゃんとびっくりして、ちゃんとおもしろかった。

そしてこの映画は感想がとても書きづらい種類の映画です。
だって本当にすぐネタバレになってしまうんだもん。しかしみて損はない、自信持っておすすめです。
基本的にはビックリの連続。人間の狂気さに笑ってしまう所(特にケリー)もありで飽きない。
2時間ない短い映画だからってのもあるけど、最後まで一気にいけます。きもちいいです。

伏線もばっちり回収してるし、矛盾点や気持ち悪い所もまったくなし。
90年代フロリダの浮かれた雰囲気が丸出しでそちらも楽しめます。全員アホっぽく見える。笑
このシリーズは3まで出てるんだけど、続きもみてみようと思ってます。
そうゆうパターンって1が一番いいのは良くあることだけど、それでもみてみようと思う。とりあえず。

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The End_934 川崎 / Nikon F3

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