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勇気について考えてみましょう
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「スパイ・ゲーム」

僕らしくないチョイスだよなあ。と思いながらも手に取ってみた。
主演ロバート・レッドフォード&ブラッド・ピットってのは興味をそそられるし
監督は大好きな「トゥルーロマンス」のトニー・スコットなので。
いわゆるスパイ物とは少し違ったけど、まあ面白かった。

1991年。東西冷戦終結とともにCIAの担当官として数々の偉業を築いてきたネイサン・ミュアー。彼も引退の日を迎えようとしていたが、そんな日に飛び込んできたニュースがあった。彼が1975年にフエ陥落後のベトナムで出会い、その後弟子として育て上げてきたエージェント、トム・ビショップが中国で逮捕された。米中関係を考慮し、上層部は彼を本国のスパイとは認めずに見殺しにするつもりだった。しかしネイサンは独自のルートから事態を変えようと時間との勝負に挑む。

スパイムービーですが、派手なアクションとかはほぼ無いです。
全体的に見るとクールな映画だと思う。でも心の底ではメラメラしてるんだろうな。
その気持ちを理性で押さえ、上層部をうまくコントロールする心理戦的な感じです。
なので割と集中して見てないと面白くないかもしれない。

回想シーンの使い方が割と好きで、要所要所で思い出風にふたりの関係が語られる。
出会い、信頼関係、その関係の崩落、そして現在。という段階的に分かってくるのが面白い。
それがあって主体になってる、トム救出の演出にコントラストが付いてくる印象でした。
ネイサンの「言葉にしないけど大切に思っているぜ、兄弟!」感がすごく良いです。菅原文太賞をあげたい。

スパイ映画といえば「007」というビッグタイトルがあるけど、そうでない視点で撮ろうとしたチャレンジ精神が好きだ。
しかしロバート・レッドフォード、大好きだけど、この頃になるともうシワシワで、少し痛々しいね。
新旧二枚目スターの共演となっていますが、ブラピもそうゆう風に言われる時が来るんだろうな。
その時の「旧」はだれなんだろう。若手のスターって誰がいるんだろう。

ブラピがニコンの一眼レフを持ってたけど、機種までは分からなかった。
望遠の時ニコンで、戦場ではライカだった。だからなんだと言われたら、まったくなんでもない。

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The End_867 読売ランド前 / NIkon F3

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中身のない話
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「小説家を見つけたら」

いちおう邦画とアニメ流れは一段落っつーことで。洋画を。

ガス・ヴァン・サント監督作品でショーン・コネリー主演。でもこの映画はなんでか分からんがみたことはなかった。
なんかでショーン・コネリー老化!の話題をみて、ショーン・コネリーの007が大好きな僕としては少しショックだった。
俳優業を引退しているとはいえ、もう遠くない未来にもう見れなくなるんだと思うと少し寂しくなった。
やっぱりアストン・マーチンが一番似合うのはショーン・コネリーなのだ!!

ニューヨークのブロンクス。黒人の高校生ジャマール・ウォレスは、バスケ選手を夢みて仲間と練習に励んでいるが、実は大変な読書家だった。そして天才的な文才の持ち主だった。ジャマールはアパートに引きこもった一人の老人と知り合ってから才能を開花する。その老人は40年前にピュリッツァー賞に輝いたがその処女作だけを残し消えた幻の小説家ウィリアム・フォレスターだった。二人の間には奇妙な師弟関係が生まれ、黒人、スラム育ちという境遇で偏見の眼差しで見られるジャマールは段々と自信を付けていく。

グッド・ウィル・ハンティングみたいな雰囲気の映画だった。
若者が老人との関わり合いで、世界を広げていく様がそう思わさせるのか。
ラストはセント・オブ・ウーマンのアル・パチーノか。
あそこまでの名演説ではなかったけど、なかなかどうして、さすがショーン・コネリー、と。

この映画の良いところは、偏屈な老人も心に闇を抱えていること。
そして若者との関わり合いで彼も世界を広げている。友情に年齢なんて関係ないのだ。
お互い罵りあい、ケンカ別れする。でもお互いがお互いを尊重していたり、
自分に不利益な事になっても相手の事を悪く言わない様がちょいちょい出てきて。そうゆうの弱いの僕。

ショーコネリーの自転車の乗り方がすごく紳士で好きだった。
ヘミングウェイみたいだなと思った。そして自転車にのってニューヨークの町並みに消えていく様。。
すごく格好良かった。ああゆうのは長く生きないとでないものなのだよ。
僕は頑張って生きて、将来ああゆう爺さんになりたい。

書くための最大の鍵は、書くこと。考えない。

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The End_866 横須賀 / Nikon F3

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三杯のアイラモルト


レコードは大切に







けんかをやめて



コッポラっぽい



さっ!



びしょうじょ

You Tubeプレイリストはこちら。
「My Favorite Things」
だんだんきままに増えていんだとおもいます。

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チンクチェントの利点
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「天童荒太 / 永遠の仔(上)」

天童荒太の「悼む人」という小説は、僕の読書歴の中でも強烈に印象深い作品なのです。
しかしもう一度読むかと言われたら読めない。正直いうと内容が辛すぎてまた読むなんて嫌だ。
だから印象に残っているだけではなく、内容は重く読むのも大変だけど、すごく大切な事を言っている小説。
その後、著者の他の本を読んでみたけど、それはそれでまた重くて、なんかもう嫌になってきた。

1979年。久坂優希、長瀬笙一郎、有沢梁平の3人は四国にある双海病院の児童精神病棟で出会った。3人はその病院に来るまでのお互いの傷を告白しあい、強い絆で結ばれる事となる。しかし神に会えるという霊峰への登山で起きたある事件により3人はバラバラになってしまう。そして17年後、優希は老年科の看護師、笙一郎は弁護士、梁平は神奈川県警の刑事になっていた。そして優希の勤める病院で3人は偶然再会した。

気になるけど読み始めるにはそれなりの覚悟が必要な作家になったのだ。
書店で気になる本を選んでるときに、文庫本でこの作品を手に取ろうとした時はある。
だけど今までの億劫な印象と、文庫で全5冊という超大作という事で手が止まっていた。
それから少し時間は空き、実家に帰った時に親父の本棚を物色していて見つけてしまった。そして読み始めた。

「悼む人」の時もそうだったけど、死にゆく人の精神描写が異常なくらい鮮明に書かれてる。
一回死んだことあるんじゃないの?と真剣に思ってしまう。それくらいリアルすぎて恐い。
それに加えて彼ら三人が幼少時代に受けてきた虐待の内容も痛々しくて辛い。
その年代の子どもがいる人だと、感情移入しすぎて読めないレベルかもしれない。

とりあえず半分まできた。とにかく長い。長い小説は好きだけどなにぶん内容が重いので僕の心まで重くなる。
二段組みで422ページ。文字ぎっしり。読んでて少し文字疲れしてしまう事はあったという印象です。
早く読み終わって軽くなりたい気持ちはある。だけどしっかり受け止めないといけないという思いもある。
下巻は上巻よりも少しだけ長いみたいなので、またしっかり腰を据えて読もうと思います。

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The End_865 横須賀中央 / Nikon F3

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エルフェンバイン塔のすぐ近く
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「劔岳 点の記」

みようみようと思っていたけど、なんとなく後回しにしていた作品。
日本が誇る俳優陣が揃って出演。浅野忠信、香川照之、松田龍平、役所広司と好きな人ばかり。
それに加えて仲村トオル、新井浩文、國村隼、夏八木勳と名だたる人が連なるので期待も膨らむ。
原作は「孤高の人」の新田二郎。ますます期待は膨らむ。

明治39年。日露戦争を勝利で飾った日本陸軍は、国防の為に日本地図の完成を急いでいた。最後の空白点、劔岳の初登頂と測量は国家の威信にかけても最初に達成しなければならないものだった。その任務を任された測量手の柴崎は案内人の長治郎と共に、前人未踏の劔岳に調査に向かう。そこで出会ったのは創設から間もない西洋かぶれな輩で構成された、日本山岳会の連中だった。彼らもまた劔岳の初登頂を狙っており、柴崎を敵対視していた。

現代において劔岳はそんなに険しい山ではなくなっているみたいだ。
しかし明治時代当時。未開の地でルートもなく、装備もわらじに爪をつけただけの靴。
そんな状態で豪雪の山を攻めるのは相当な難儀だったみたいだ。
しかもただの登頂ではなく、測量地点を作るためのやぐらの材料を担いで登る。難儀やなぁ。

140分の映画の中で、登頂シーンや景色だけのカットが多かった。
雪山での自然の驚異。春の緑豊かな尾根。手に届く場所を流れる雲。そして雲海に沈む夕日。
全てが雄大で素晴らしく、僕が毎年言っている「来年こそは登山を趣味に!」熱がまた上がる。
しかし、そうゆう風景カットがちょっと多すぎて、最後の方は飽きてしまったよ。少しね、眠くなった。

この映画にも宮﨑あおいがちょい役で出てて、最近お世話になってますが、今回も良い役でした。
山に戦いに行く夫の無事を静かに祈る妻。そして戦って返ってきた夫を暖かく迎える妻。を名演。
僕はそうゆう女性像に一種の憧れを感じるのだ。いやギュンギュン来る女性がダメという訳ではなく。。待つ女性の魅力。
男性諸君なら少なからず共感する部分があるであろう。そしてあの子は年の割に渋い声を出すので好きなのだ。

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The End_864 原宿 / Nikon F3

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同窓会の夜
33歳にもなり、この仕事も12年くらい続けていると、いかんと思いながらも惰性になっている部分を感じる。いちいち考えなくても分かる部分が多くなり、それで満足して新しい事にチャレンジしなくなってたりする。自覚があるのでまだ良いほうかもしれないけれど、僕の立場上このぬるま湯はいかがなもんかと思うのです。そんな中、昨晩は卒業した学校のインテリアデザイン科の同窓会がありました。インテリアデザイン科という名目でこうゆう会があるのは2回目なんだけど、現役はもちろん退職した先生方や、卒業生だけでなく在校生まで参加するという、こうゆう機会はなかなかないので新鮮です。以前、僕とフジ暴で授業めいたものを何回かやった事があるので、まだ僕は面識がある人が多かったはずだけど、他のみんなは知らない人だらけだったんじゃないかなあ。

それはさておき、卒業してからもちょくちょく会っているので懐かしさもなにもありませんが、僕の中で恩師と言える人に会ってきました。今では校長という立場になっていますが、相変わらず偉そうに見えないのがすごく良い事だと思います。その先生に「結局学校で何を教わったのか、それが社会に出て役に立ったか」と聞かれた。即答しちゃったけど、僕の中で学校で教わったことはデザインでもなんでもなくて「考える」という事に尽きるのです。考えたものを結果的に形にしていく方法は学校でなくて社会、実務で覚えたと思う。だけどその基礎にはやっぱり「考える」というものがあって、考え方やそのアプローチ方法、そして一度煮詰めたアイディアを壊すこととか、そうゆう「面倒くさい」ことを学生時代で教えてもらったというのはすごく大きいと思っているのです。学生時代にどんなに優秀でも実務においてはやっぱり赤子同然。でも実務はやめないで続けていれば覚えていくもので、そんなものの差はいくらでも後で埋まるのだ。けど、考えるという行為はなかなか後から出来るようになるものじゃないと思うのです。歳とともに頭は固くなるし。そしてその行為は別にデザインとかじゃなくても、いち人間としての奥行きを作る事だと思っている。そうゆう意味で社会に出ても役にたっていると思います。人間形成においてという話になってしまうけど。。デザインの学校なのに、デザインを教わってないような言い方もどうなんだと思うけど、それを全部含めてデザインなんだと思います。なんか偉そうにすみません。

話は戻ると先生と話して、僕のその惰性めいた日常に喝が入りました。ふんどし締めてまた頑張ろう!と思ったのです。先生は相変わらず人の事を全く褒めない、でも最後の最後で優しい言葉とかをかけてくる。。お前はダメだ的な事を言われた後に、ぼそっと「彼の写真はすごく好きなんです」とかみんなに言ったりする。ツンデレだ。僕はそのツンデレに舞い上がり、うまく操作された学生生活を送っていた。昨晩もそのツンデレ感は健在で、ものの見事に僕の心の中では野心やチャレンジ精神に灯がともったのです。人に頼らず自分でなんとかしないといけない事なのかもしれないけど、そのへんはすんません。昨日は二次会で少しゆっくり話せたけど、相変わらず会話は本の話ばかり。やっぱりデザイン関係なかった、笑。またしばらく時間が経ったら会いに行こうと思います。。先生が主宰のNGOへの寄付は、震災以降シフトしてしまっているけど、儲かったらまた再開しますので待っててね!

あとこれは月並みな話ですが、この歳になるとみんなそれなりな事情があって、いろいろ悪戦苦闘してるんだなあと思ってしまった。会社のこと、結婚のこと、家庭のこと、子どものこと。20代とは違いみんな背負う荷物が増えてるんだなと感じました。それに比べ僕は身軽で身軽で!どちらが良いという話ではなく、なんか色んな意味で面白かったです。それともうひとつ余談だけど、、カメラ持ってると「どうゆう写真撮ってるんですか?」とか聞かれる。あれは本当に返答に困るのだ。「風景写真です!」とか言えればいいんだけど、風景なんかきれいに撮れないし、なにかモチーフを決めて撮っている訳でもないし。。真剣に「心が動いたときに撮ります」とか答えると大概が失笑で終わる。昨晩もいっぱい失笑された。でも失笑されるのも意外と嫌いではないのです。

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The End 863 上大岡あたり / Nikon F3

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吐水口の夢
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「虹色ほたる 永遠の夏休み」

予告でみて気になってたので。すっごい寒い日にみたんだけど少しだけ夏の記憶が甦ってきました。
季節が変わると前の季節の時の事をすぐ忘れてしまう。そしてまた季節は移りゆくのです。
この映画はまんが日本昔話と、時をかける少女と、僕の夏休みがまざったようなお話。
アニメーションがラフで好みでした。背景かっちり、人ヒラヒラ。的な。ね。

夏休みを迎えた小学校6年生のユウタ。父と以前カブトムシを捕りに来た山奥に一人でやって来た。そこはむかし村があった所をダムにした場所で、蛍が有名な所だった。ひとりカブトムシを探していると山中で不思議な老人に出会う。老人は喉の渇きを訴えていたのでユウタは持っていたスポーツドリンクを差し出す。老人は感謝の意を伝え居なくなってしまう。その後山の天気は急変し大雨にみまわれ、ユウタは足を滑らせて窪みに落ちてしまう。

こんなんだった、ああだった。と思う事は多かった。
僕の親父は下関の人間で、ばあちゃんが生きているときは毎年夏休みにいっていた。
きっと2、3日間くらいの滞在だったんだろうけど、田舎の生活を味わっていた。
ばあちゃんが死んでから行くことはなくなったけど、しっかり僕の記憶に残っている。

坂の多い街。路地を抜けた先の淋しげな公園。遠くに見える関門海峡。
そして夏の暑さや、光と影のコントラスト。そんな昔に体験した事がこの映画の中に詰まってた。
物語はそんなに複雑なものではなくて、素直な気持ちでみれればすごく良いお話。
話の設定に少し矛盾もつっこみどころもあるんだけど、素直な気持ちでみれればすごく良いお話。

子ども同士の別れって、ずるいよなあ。泣くよなあ。しかも夏。
「手紙書くね」「絶対に会いに行くからね」的な綺麗な会話。でもその手紙も1、2回で終わるんだよ、きっと。
絵は基本的にかわいらしい顔なんだけど、途中すっごく不細工になる時がある。
それがもう本当に不細工すぎてウケた。今までかわいかったのに鬼の形相になる。夢に出そうだ。

ばあちゃんの一言。
「どこに住んでも、どこでくらしても、ゆうたはゆうたらしくな」
素直な気持ちで見ればすごく良いお話でした。

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The End_862 多摩川住宅 / Pentax 645

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人非人と呼ばれてはや33年
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「村上春樹 / パン屋再襲撃」

再読。村上春樹の短編集です。
数ある彼の短編集の中で、僕の中でけっこう上位をしめる作品。それはなんと言っても「ねじまき鳥クロニクル」の草案めいた「ねじまき鳥と火曜日の女たち」が収録されていることが大きい。その物語のなかに出てくる自宅裏にある路地。その路地を進んだ先に、庭に大きな鳥の石像が置いてある空き家がある。その空き家の向かいに住む片足が不自由なビキニ姿の16歳の女の子。それはあの愛しき「笠原メイ」なんだが、この短編ではまだその名前を持っていない。しかし同じこの本に収録された短編「双子と沈んだ大陸」で、主人公が勤める事務所の隣にある歯科医の受付嬢の名前は「笠原メイ」そしてその「双子と沈んだ大陸」の双子は「1973年のピンボール」にでてくる208と209のあの双子なのだ。それで終わらず「ねじまき鳥と火曜日の女たち」に出てくる(失踪しているので出てこないが)猫の名前は「ワタナベ・ノボル」。村上春樹作品でこの名前はけっこう出てくる。またまたこの本の中のまた違う短編「ファミリー・アフェア」では妹の婚約者の名前が渡辺昇である。「象の消滅」の飼育係も渡辺昇。他の本だけど「夜のくもざる」という短編集には「あるいは幸運としての渡辺昇」シリーズと銘打って二遍が収録されている。このワタナベ・ノボル。もうなにがなんだかわからない。。実はそのワタナベノボル、村上春樹と親交深く、エッセイなどで挿絵を担当している安西水丸氏の本名なんだそうだ。初めて知ったときはビックリしちゃった。そしてなんか意外だったよ。

ワタナベ・ノボル
お前はどこにいるのだ?
ねじまき鳥はお前のねじを
巻かなかったのか?

話はそれにそれましたが。この短編集、すごく好きです。
前述しましたが「ねじまき鳥と火曜日の女たち」はもちろん、僕の中では「ファミリー・アフェア」が好き。
主人公の人間性がこれぞ「村上春樹小説に出てくる気障なスケコマシ野郎」なのだ。やれやれとため息をつくあれだ。
全編においてすぐ女を抱く、または女を抱くことしか考えていないプレイボーイが登場するのでお気を付けください。

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The End_861 洗足池 / i Phone 4S

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考えない、考えない、考えない
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言の葉の庭

新海誠作品。一応みてみるつもりだったけど、不覚にも少し泣きそうになってしまった。
新海誠と言えば「秒速5センチメートル」あの中二感は大好きです。
でも「星を追う子ども」でジブリ要素が入りすぎてパクリを越えてウケてしまった印象がある。
今回のも絵は本当に本当に劇的できれい。現実よりきれい過ぎちゃって恥ずかしくなる。

高校一年生のタカオは靴職人を目指し、専門学校の入学金を貯める為にアルバイトに明け暮れる毎日。ただ雨の朝は学校をサボり新宿御苑の四阿で、靴のデッサンを描くことにしている。ある雨の朝、いつも通りその場所に向かうと、チョコレートを食べながら缶ビールを飲む謎めいた女性が座っていた。それから度々顔を合わせるようになり、タカオは彼女に靴を作ってあげたいと思い始める。

雨が降ったら会える的な設定で思い出すのは、村上春樹の「国境の南、太陽の西」
島本さんが現れるのはいつでも雨が降っていた。あとは「いま、会いに行きます」笑
あの映画結構好きだけどな。梅雨の季節だけ死んだ妻が帰ってくる、なかなか儚くて好きです。
当時何度みても号泣した覚えがある。今みたらどうなるんだろう。DVDあるからみてみようかな。

不覚にも少し泣きそうになってしまったと書いたけど、これは物語で心が動いたからではなくて
演出の効果が大きいと思う。いろいろ落ち着いて考えるといまいち何が言いたいのかよく分からない。
全てが劇的すぎるうえでのしわ寄せなのか。でも泣きそうになるくらいなんだからそれで良いじゃない
とも思うんだけど、なんか腑に落ちない感が否めない。

「秒速5センチメートル」のような話をもう一回作ろう感がすごくみえる。
僕の中であの作品は秀逸すぎた。あのもって行かれ具合はなかなかできないと思う。

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The End_860 青山 / Nikon F3

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ちょっと虚無の近くまで
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「太陽を盗んだ男」

邦画をみるサイクルになっている。僕は本も映画も音楽もゲームもそうゆうサイクルがあるのだ。

こないだ「邦画はみない」と断言してる人に会った。なんでそんな線を引くのか全然分からなかった。
なんでもそうだけど、ジャンルで線を引いちゃうと世界が狭まってしまって損だと思う。
90年代に邦画がすごく叩かれる時期があった。つまらない、オチがないと皆が口を揃えていっていた。
でも僕はその頃の邦画が好きだった。答えのないものにその頃から魅力を感じていた。

東海村の原子力発電所からプルトニウム239が盗まれた。その事件は政府の威信に関わるため公式に発表されなかったが、犯人は中学校の物理の教師、城戸誠個人のしわざだった。城戸はそのプルトニウムを使って原子力爆弾を作ろうとしていた。しかも自分のアパートで。独自の理論と、計算でプルトニウムを分離する事に成功する。そして原爆を完成させた城戸は手始めに、警察にナイターのTV放映延長を要求する。

めちゃ面白かった!これは80年の映画とは思えない。渋谷での暴動の撮影、そしてカーチェイス。
当時の撮影技術がどんなもんなのかは知らんけど、すごい規模での撮影をしている。
しかし冒頭のプルトニウム盗むシーンだけがすげえチープ!笑。007の初期ってこんな感じだったな。
一個人が原発に忍び込みプルトニウムを盗むって、超非現実的だけど。。時代だな!時代!

1980年の映画、僕の生まれた年。映像には当時の町並みが映ってて楽しい。
中央線沿線の団地、木場、渋谷の公園通り、歌舞伎町、コマ劇前、とか。レトロな町並みが良いです。
他にも国鉄や電電公社、パトカーがクラウンやコスモスポーツ!だったりする。昔のこち亀みてるみたい。
そしてみんなハイライト吸ってるのだ。僕はかつてハイライトを吸っていてたので少し懐かしい。

主人公の城戸は、原爆を作ったのにそれで何をしたいかが特にない。
「原爆を作りたい」それだけだったのだ。だからとりあえずの要求がナイター放送の延長というもの。
とても哀しい人間だった。でもプライドは人一倍。だから最後はやけくそ感が満載だった。
こうゆう人ってたまにいるよな。僕か。

にしてもやっぱり菅原文太はかっこいい。彼の角刈りは文化だ。「救急車持ってこーい!」と叫ぶのが最高だ。
終盤にヘリにつかまって登場した時はびびったなぁ。ランボーじゃん!と突っ込んでしまった。
しかもそのヘリから飛び降りるんだがその高さ推定30m~40m。ビル10階以上。窪塚洋介か!
刑事なので仁義シリーズとは立場が違いますが、また違った「漢」がみれます。気になる人は是非。

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The End_859 古市場 / Nikon F3

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ルボックスください
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「ツレがうつになりまして。」
 
宮﨑あおいつながりで。いろいろ言われてるみたいですが、僕は彼女の事好きです。
しかし!やっぱりペタルダンスの時みたいな穏やかに笑ってる方が好きみたい。
眉間のしわも好きだけどやっぱり笑っている女性のほうがいいものです。
この映画はもっとコメディタッチな映画かと思ってたけど、意外とシリアスでした。

漫画家の高崎晴子のツレ(夫)は仕事をバリバリこなし、家事もこなすスーパーサラリーマン。少し几帳面を越えて神経質な所はあるが、性格の問題だとしていた。しかしある朝ツレは「死にたい」とつぶやいた。仕事の激務とストレスが原因の鬱病と診断された。結婚して5年、ツレの変化に気付かなかった晴子はツレに謝りながらもツレに「会社を辞める」決断を迫る。

鬱の人って自覚があって「自分は鬱なんだ」と普通に明るく言ってきたりする。
冗談半分で言ってるのかと思いながらも、次の日急に首吊ったりする。という話を聞いたことがある。
僕も鬱っぽくなることはあるけど、この物語のような「症状」と言われるような事はなかった。かな?
あっても気合いでなんとかなった。中学校の「体罰」レベルでの指導や、恐い親父の存在でしょう。時代か?

とは言っても自称今でも思春期こじらせ中な僕なので、少なからず思い当たる節はあって胸が痛んだ。

「世界でひとりぼっちな気がするんだ」とツレは言う。僕も世界から取り残された気がしていたひとりだった。
僕なんか世界に必要ないと思っていた。僕なんて居なくてもだれも困らないと本気で思っていた。
そして皆がすごく遠くにいるように感じた。時々ここにいることがたまらなく嫌になった。
僕はここにいて良いのかなと本気で思っていた。でも僕は死にたいとは思わなかった。思ってても死ななかった。

鬱病のようなもの、それは少なからず誰の心の中にもあるもので。決して悪いことだけではないんだと思う。
みんなどこかで少しずつ気を張っていて、疲れてて、頑張っていて、いろんなものを内部にため込んでいる。
鬱病はそれが少しだけ表ににじみ出てきてしまっただけの事なのかもしれない。
もしかしたら人より少し繊細で、多感で、気にしすぎてしまう。だけの事かもしれない。

物語の中では「鬱」という病気が、誰にでもなる可能性がある病気だという事を訴えていた。
「あの人は鬱病だから」と色眼鏡で見るのではなく、普通に接してれば良いのかなと思う。
でもそれってすげえ難しいよなあ。なにで傷つくか分からないし、そもそも鬱病かどうかも分からんし。
明確なボーダーラインが無いので難しい話だと思ってしまう。

、、僕はとにかく運動をする事をおすすめするよ。
体を動かせばつまらん事もサパーッと気にならなくなります。
そんな単細胞の筋肉バカみたいな事を言ってしまいますが、これあながち嘘じゃない。
人間って思ったよりもシンプルかも。複雑に複雑にしてるのは自分自身、かもしれない。

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The End_858 羽根木 / Nikon F3

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願いは、祈り
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「ペタルダンス」

前にみた同じ監督の「好きだ」という映画がすごくすごく好きだった。なのでこの映画も期待してた。
でも、みる前からどんな雰囲気の映画かが想像できて。みてみたらやっぱり想像通りの雰囲気で。
それはがっかりするものではなく想像通りでもみてよかったと思える映画だったのだよ。
風の音。うすい青。灰色。極端な構図。

大学卒業以来会っていない友人が自殺未遂をした。図書館に勤めるジンコと素子は休みを合わせてその友人の元へ向かうことにする。指をケガして車の運転が出来なくなったジンコは、図書館で知り合った原木さんに車を運転をお願いする。原木さんは職を失ったばかりでその日暮らし。女3人で北の果ての風の町をめざす。

現実はこの映画のように地味で淡々としているんだと思う。
そして劇的ではないことの中に物語はあるんだと思う。でもそれを映画でやると成り立たない気もする。
しかしこの映画はというか、この監督の映画は成り立つのだ。とても静かな映画です。
そしてまるで自分がそこにいるような、映画の中の温度や臭い、風の感触まで伝わるような映画だった。

自殺未遂をした旧友に会いに行く。失踪した友の影を引きづりつつ生きる。
そんなやや暗めなテーマの中でも、どこか滑稽で微笑ましくみえる女三人の小さい旅。
宮﨑あおいのヒラヒラ具合がすごく良くて、みててドキドキしてしまった。風にのって飛んでいってしまいそうで。
同じくらい安藤サクラが良くてさ、一気に好きになった。友達になりたい。

4人ともそれなりな問題を抱えている。思えば人間はいつでもそれなりな問題を抱えているはずだ。
その問題に対して明確な答えに向かっていく事って、結構エネルギー使うしなかなか億劫なことだと思う。
ほとんどの人は問題を抱えたまま生きていくんだろう。そしてそれはそんなに悪いことではない気がするのだ。
でも「解決」ではないにしても「自分の中でのある一つの答え」的な物はどこかで必要だったりする。言葉ではなく。

歳をとっていくとみんなそうかもしれないけれど、僕みたいに自営で仕事をしていると特に思う事。
「学校」という物が終わり社会に出て生活しだしてから「もう一生会わないんだろうな」と思う人が多くなる。
そうゆう風に思う事が加速度的に増えていくけど、それはきっとしょうがない事なんだろう。みんな忙しいし。
だからこそ小さな別れに対しても、ちゃんとさようならしないといけない。僕はそこまで丁寧に生きていられてるかな。。

、、この映画をみてて、ぼろい車が欲しくなった。ダッシュボードがプラスチックのやつ。古いルノーとか。
そして当てもなく高速道路を走りたい。きっとぼろい車にはまだカセットテープが付いているはずだ。
それで昔のミックステープを聴きながら走りたい。特に観光名所を巡る訳でもなく、カメラだけ持ってきままに。
季節はちょうど今くらいで、できれば小雨とか降ってきて頂きたい。よろしくお願い致します。

この映画、すごく良い映画でした。。是非ヘッドフォンで風の音を聞きながらみて頂きたい。

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The End_857 多摩川 / Nikon F3

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クッション・クッション
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「モンタナの風に吹かれて」

最近はマフィア物やサスペンス物をよく見てた。最近でこそよくみるけど、元々は苦手分野でした。
まあよく言ってる「血が嫌だ」的なものが理由なんだけど、そうゆう物の中にも名作はもちろんあって。
みないまま死ぬのはどうなんだと思っていろいろみてる。したらやっぱり面白くて苦手意識は克服しつつある。
でも、やっぱり心のどこかで求めていたもの、みたかったもの、本当に好きなものはこうゆう映画だった。

13歳の少女グレースは乗馬中の事故に巻き込まれ、親友の命と自分の右足を失う。そして人生に絶望し、空虚な日々を過ごしていた。また彼女の愛馬ピルグリムも事故のショックで暴れ馬になっており、誰にも手が付けられず安楽死の話も持ち上がっていた。しかしグレースの母親アニーは娘の心の回復にはピルグリムの全快も必要だと考え、安楽死をやめさせる。ニューヨークで雑誌編集長として多忙な生活をしていたアニーだが、仕事をスタッフに任せる事を決意する。そして娘と馬と一緒に、馬専門のクリニックがあるモンタナへ向かう。

この映画は色んな人の心模様、過去との決別や回復が描かれている。
表面的には事故にあった少女の心の傷と馬の事だけど、他の人もそれぞれが過去の傷を持っている。
それ以外にも、現代人のワーカホリック具合や、強そうにみえて弱い部分もあるカウボーイ。
そして少年の恋心、大人の恋までもうお腹いっぱい的に詰め込まれている。

少女の心の回復はみて取れるように伝わってくる。それ以上にすごいのが馬のピルグリムの回復っぷり。
ただでさえ動物相手の映画は難しいと思うのに、設定が暴れ馬からの回復って、、相当難しい撮影だったんじゃないかな。
人間も動物も言葉じゃなく、感覚や思いで伝わってる部分はすごくあるんだろうなと思ってしまった。
それだけ物語に入り込んでしまったという事。170分の長編ですが気になりませんでした。

しいていえば、大人の恋は、、いらなかったかもな。

いろいろ心が動く場面も多かった。モンタナの大自然。カウボーイ文化。カントリー音楽、フィドルにスチールギター。
なぜあいつらはすぐ庭でパーティを始めるのか。そしてなぜすぐに「踊りましょう」と誘い出すのか。
僕のギターの才能はすでに限界がみえているので、次はフィドルを始めたい気がしてきた。
フィドルとバイオリンって同じでしょ?適当におもしろおかしく弾くのがフィドルでしょ?

大好きなロバート・レッドフォードの主演&監督作品。「明日に向かって打て」的な昔の映画から
監督・製作総指揮ものまで大好きだ。バイオレンスもCGもなく、ゆるりと静かに心に響く作品が好きだ
「リバーランズ・スルー・イット」的な。。もう一度言う。ギャツビー役は彼でしかないのだ!
それとクリスティン・スコット・トーマスもすごく良かった。ジョンレノンの叔母役、好きな女優さん。

鉄砲バンバン、犯人捜しもいいけれど。心の静かな動きが感動を呼ぶ作品だ。
名作と言われるもの、普遍的な作品に触れると、少しだけ心が豊かになる気がするのだ。だから映画はやめられない。

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The End_856 洗足 / Nikon F3

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大いなる探索
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「ユージュアル・サスペクツ」

1995年公開。これは1回みただけでは全部理解するのは無理な映画。
すごくすごくすごく緻密な映画でした。

カリフォルニアの埠頭で船が大爆発をした。コカイン取引の組織と、それを奪おうとした一味との争いが原因だった。27人が死亡、9100万ドルが消えた。生存者は2人、一人は重傷で精神崩壊気味。そしてもう一人はヴァーバルという半身不随の障害を持つ男だった。捜査官のクイヤンはヴァーバルを尋問し、話は6週間前にさかのぼり、銃を積んだトラック強奪に関わったと見られる、5人の常連容疑者が連行された時から始まっていた。

先にいっておきます。ネタバレしないように気をつけてかくけど、
本当に伏線が細かい所までばらまかれてる映画なので、バレちゃう事を書いてしまうかもしれない。
まだみたことない人は読まないでください。感想だけいうと、すごくおもしろい映画でした。
人それぞれだけど、ひっかけ映画好きな人にはすごくおすすめできると思う。

まずこの物語には「嘘」があふれているという事。
その嘘が、緻密で、やり過ぎてなく、物語が破綻しない程の嘘なので、まったく気付かなかった。
だからその嘘が嘘だと分かった時にすごく感心した。陳腐なレベルの嘘だったとしたらきっとガッカリするはず。
僕は感動すら覚えたんだよ。なんて緻密な物語なんだと本当に思った。

しかし見終わった直後には、頭の中が整理しきれないので、いろいろパニックになる。
巻き戻して(VHS的表現)要所要所を見返す。そしてまた発見する。
そして調べる。色んな人のレビューをみたらまだまだ細かい伏線が出てくる。
そしてまたそれを見返してみる。そしてまた思う。「すげえなあ。。」とひとりごちる。

僕は続けてもう一回みたりはしなかったけど、みたくなる気持ちは分かる。
なんか薄い内容の文章になってしまっているけど、ネタバレしちゃいそうで恐い。
僕が言える事は、カイザー・ソゼという人間に注意!ということだけ。
あと、あの視線にそうゆう意味があったなんて、気付かないよ!

ああ言いたい。是非みてみてください。

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The End_855 代々木上原 / Nikon F3

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バイ・バイ・ブラックバード
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「パブリック・エネミー」

一番嫌いな俳優は誰だ。と聞かれら僕はジョニー・デップと言うと思う。
今ではどうか分からんが、すごい人気なんでしょ?人気だからひがんでそう言っている訳じゃない。
変な奇抜な格好をして、フランクな演技してごまかしてるだけだと思うのだよ。
そんなに顔がかっこいいとも思わないし、演技がうまいわけでもない。もう一度落ち着いて見てみてくれ。

じゃあなんでこの映画をみたんだ。っつーと、監督がマイケル・マンだから。それのみです。

1930年代、大恐慌時代のアメリカ。銀行から金を奪い、不可能と言われる脱獄を何回も成功させた悪党ジョン・デリンジャー。実在した彼は強者から金を奪うが、一般市民からは一銭も奪わないという美学を貫く。それまでの悪党のイメージを払拭し、不況に苦しむ国民にもてはやされ、まるでロックスターのようにもてはやされていた。ある日彼は、彼をとりまく他の女とはどこか違った雰囲気を持つ美女、ビリー・フレシェットに出会う。

街中の銃撃戦はまんま「HEAT」だった。アル・パチーノが持っていたあのでかい機関銃をぶっ放してた。
銀行強盗を繰り返すデリンジャーだけど、いささか簡単にいきすぎる節があった。
僕は無知なんだけど、デリンジャー像がすごく男らしくてアウトローで良かった。渋かった。
だからこそジョニー・デップじゃない方が良かったな。もっと渋い人じゃないとだめよ。

ヒロイン役のマリオン・コティヤール。エディット・ピアフの人だ。ミッドナイト・イン・パリにでも出てた。
ぼくこの人好きです。演技も声もほうれいせんも好きです。
役柄は典型的な「悪い男にほれてしまった待つ女」あれは若いキャピキャピした人には出せないものがある。
そして、待って待って待ったあげく会えたときの少女のような笑顔がたまらなく可愛いかった。

そして終わり方はすごくよかったです。映画館からの流れ、スローな感じがマイケル・マンらしくないけど。
基本的に最後の30分はジェットコースター的な監督なので、以外だった。でも好きだった。
警察も、犯罪は犯罪だから逮捕するんだけど、どこか義理を通す所があってさ。そうゆうの僕は弱いのです。
そうゆう時代だったという一言で片付いてしまいそうですが。菅原文太の映画でもみよう。。

キャリー・マリガンがチラ出演してた。グレート・ギャッツビーみなきゃ。。
みたくないなぁ。でもみなくちゃな。。という感じで気が進まない。
ちなみに今度かくけど、ロバート・レッドフォードの映画をみて、それがすごく良かった。なのでよりそう思うんだろう。
ギャッツビー役は彼以外である必要がないのだ。ビヨンセやJAY-Zの音楽なんてものもいらないのだ!

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The End_854 碑文谷 / Nikon F3

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