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猫年齢35歳
蛭ヶ岳(1567m)

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The End_1282 蛭ヶ岳 / Nikon D610 と SONY RX100M3

蛭ヶ岳から大倉バス停までのとっても長い下山を開始しようと、ベンチで脱いでた靴の紐を結んでいたら太ももの裏がつった。
あまり経験ないけどつるのって痛いのね。ストレッチしてもなにしても痛い。だけど治らないので諦めてそのまま下山することにした。
下りは大丈夫だけど登りの時に痛みが走った。気にしないで歩いてたらいつの間にか治っていたけど辛かった。どうやって予防するんだろう。
帰り道も相変わらず富士山はそこにあり、牧歌的な稜線とたまに出会う登山者が僕を安心させた。
午後だからかなんなのか、行きよりも暑くて夏山の気配でした。それはそれでとても新鮮なんだけど体力は削られる。

行きに少し怖かった鬼ヶ岩ですが、今度は登りなので怖くなかった。だけど登り切って少し行った所で首にかけてたサングラスがないのに気付く。
杓子山の連続トレポ紛失事件が脳裏をよぎる。でも鬼ヶ岩を登る前に取り付いている人が先に見えて、サングラスを外した記憶があった。
それから鬼ヶ岩を登り切って気付いたからその間に落としたことは分かった。なので覚悟を決めて戻る、ということはまた鬼ヶ岩を下る、また怖い。
ご丁寧にサングラスは鬼ヶ岩のスタート地点に落ちていた。鬼ヶ岩を二往復、高所恐怖症なのに何回怖いところ登らすねん!とひとりごちた。
でも誰のせいにもできないのが山なのも分かっている。分かってきた。あまり考えないようにして、無心に歩を進めた。

話はそれますが、実際に僕のことを知っている人は、サングラスというアイテムに違和感を感じたでしょう。
僕のイメージにサングラスというものは結びつかないはず。でも山を登ってると眩しくて、目が疲れるシーンは少なくない。
晴れた雪山もしかり、初夏の強烈な光線もしかり。眉間にしわを寄せ続けるのも割と疲れるものです。なのでサングラス。
登山を始めてからそうゆう道具に敏感になったという自覚がある。自然という場所に持ち運ぶうえで、機能と利便性を考え物を選ぶ行為。
便利すぎの高機能(高額)グッズは、山なんだから多少不便で良いじゃないかと思う所はあるけど、便利は便利で素晴らしい。
ウェアも山用の防寒着とか着ると冬場は日常でも手放せなくなる。特に自転車に乗ってるとそう思う。いままで僕はどうしてたんだ!?ってなる。
2-tacsのブログにあったけど、新しく始めた事により無かった視点やアイディアが生まれる。サードアイ的な視野は自分を広げる感覚がある。
なによりもいろいろ試行錯誤することが楽しい。ウェブで見ると自作グッズ製作してる人も多い。その気持ちもすごく分かります。
取り急ぎいま僕が今一番欲しいものはミシンだったりする。去年までの僕には考えられなかったことです。でもミシンって高いのね。
とにかくサングラス、この季節の自転車にも欠かせないアイテムになった。自分で言います、見た目とてもチャラいです。でも便利です。

話は戻り、いい加減足が限界に近づき、諦めてどっかで休憩するかって頃に丹沢山まで戻って来れた。
そして山頂のベンチで小休止後、次のポイント塔ノ岳を目指す。蛭ヶ岳からも塔ノ岳の山頂の尊仏山荘が遠くに見えていた。
あそこまで戻るという目標があるのは良いんだけど、それが豆粒の様に小さいのと、歩いても歩いても遠いままなのが辛かった。
その頃から天候は下降気味で、すこし雲が多くなってきた。それでも富士山は表情を変えながらもずっと見えて、応援してくれていた、はず。
行きで塔ノ岳からジャンジャン下ったその道は、蛭ヶ岳まで歩いた削られた足にとても響き、死ぬかと思ったけど、やっと塔ノ岳に到着。
どんどん不吉な黒い雲が多くなり風も強くなってきた。でも塔ノ岳まで来たからと、安心している自分がいる。。
先週まではここが目標の場所だったのに、もう安心ポイントになっているという事実。慣れとは怖い。まだまだ先はあるのだ。
という訳でコーヒー飲んでまた出発。といっても大倉尾根はずっと下りだから大丈夫だべ、と思っていた。
とっくに限界だと思っていた僕の足は、下りだと意外とまだ元気だった。水がちょっとと食料もないので荷物は軽く、サクサク小走りで下れた。
にしても本当にダラダラと長い。よく登ってきたなと思っちゃう。そして昼間沢山の人がいた登山道はまったく人の気配がなく、それはそれで不気味。
天候は悪化し、どんどん暗くなり風が木々を不吉に揺らす。そうゆう時は歌をうたうに限る。相変わらずオブラディ・オブラダか、線香の青雲の歌。
それと、口笛でジョン・コルトレーンのマイ・フェイバレット・シングスを奏でたりしている。有名なフレーズの所だけだけど。
「海辺のカフカ」のカフカ少年が、森の奥に入る時にそうしてたので僕も真似をしている。京都にも行きたくなるし一石二鳥だ。

見晴茶屋から大倉まではラストスパートで「下りたらコーラ!下りたらコーラ!」というかけ声のもと歩いた。
でも第一自販機でコーラではなく、メッツグレープフルーツを一気飲みした。今度から「下りたら炭酸!」のかけ声に変更しよう。
そして誰も居ない大倉のバス停の洗面所で顔、というかほぼ全身を流した時の爽快さといったらもうない。自然と声がでます。
大倉着が17時25分。まだ明るかったけど、結構な時間になっちゃった。

地図上のトータルコースタイム、11時間20分の所実際かかった時間、休憩込みで9時間40分でした。その数字見ると頑張ったことが分かる。
同じ道を通った人のヤマレコ情報から引用すると、総距離約26km。平地のジョグでもそんな距離を走ったことないわ。
振り返ってみると、とても大変だったけどトライして良かったです。でもそれも天候や景色が味方してくれたことは大きいと思う。
そもそも計画外のことをするのはあまり良くないことだと思うし、もし想定外のことが起こったら大変だっただろうし。
結果オーライだけど無事に戻って来れて、行けないと思ってた蛭ヶ岳も登頂できて、満足感でいっぱいです。
でも次はちょっとゆるゆるハイキングにしたいかな。ゆっくり景色を堪能したいです。

その夜、足の張りがひどかったので、念入りにストレッチして寝ましたが起きたらひどいことになってました。
凡庸な表現ですが、これが生まれたてのバンビ状態か!という感じでぷるぷるしてました。
またその次の日、、まだまだ筋肉痛が残っている状態でジムに行き。いつもしている通りの筋トレをしてみた。
その時に筋肉痛に響くトレーニングが山で必要な筋肉、というのが分かるかなと思って。そこを重点的に鍛えれば山に有効な筋肉を育てられる!
僕はいったいどこに向かっているのかたまに分からなくなります。ところが結果は、普段の筋トレでは筋肉痛に響く所がほぼありませんでした。
走るのは無理だったのでやらなかったけど、他のトレーニングはほぼいつも通りできた。今までのトレーニングは山には無関係筋だったみたい。

まあゆっくりやります。





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物語のサイクル
蛭ヶ岳(1567m)

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The End_1281 蛭ヶ岳 / Nikon D610 と SONY RX100M3

5月14日、また丹沢にいってきました。
やっぱり丹沢の好アクセスはとても魅力なのと、このあいだ塔ノ岳を登った時にその奥にも行ってみたくなったので。
だけど地図をみてると、その奥の山は日帰りの僕にはどうも厳しそう。山小屋泊、マイカーとかを含んで考えるといろいろ広がるんだろうな。
とりあえず塔ノ岳の奥にある蛭ケ岳まではどう計算しても行けそうにないので、丹沢山まで行って前とは違う道で戻って来るコースにしました。
ところがまったくそんな予定の山登りにはなりませんでした。

前に書いた僕の登山のペースについて。写真撮りながらなので遅い、だけど休憩しないで歩き続けるので結果、先に山頂に着くというもの。
今回、塔ノ岳までは前と同じ大倉尾根だったので、新緑効果はあれどあまり写欲にかられず、そこは割り切り歩くのに集中してみた。
知っている道ということもあり、前より早いペースだという自覚と共に黙々と登り続けた。結果、地図だと210分の所、150分で塔ノ岳山頂に到着。
予定より1時間早く着いた。やっぱり写真撮影が時間を削ってるんだな。。撮る度に止まるからリズムも切れてしまうし。でも写真はしょうがない。

塔ノ岳山頂、前回よりも天気が良く見晴らしも良かったんだけど、いかんせん前回見てるので、パパッと写真撮って一息ついたらすぐ丹沢山方面へ。
塔ノ岳は人気の山なので、平日といえどもそれなりに人が多い。だけど塔ノ岳の先はめっきり人が少なくなる。登山道の雰囲気もガラッと変わる。
未知のエリアに入って行く特殊な緊張感を抱きつつ一気に下った。帰りはこれを登る、という揺るぎない事実を脳裏の隅に追いやって歩いた。
本当に天気が良く、前の鍋割山稜みたいに「何もかもが地表から二、三センチぽっかりと浮かび上がってる様な気持ちの良い春の午前」だった。
一日通して浮世絵の様に浮かんでた富士山と、大倉尾根とは違う開けた景色が続いてとても楽しい。そんな道も1時間もぜず丹沢山に到着。
その時思ってしまった。というか塔ノ岳あたりから少しずつ考えていたことがどんどん大きくなっていった。「蛭ヶ岳、行けるかな。。」って。
丹沢山到着が11時。地図を見ると蛭ケ岳まで往復すると2時間20分。寄り道やめてまっすぐ大倉まで戻れば、なんとかいけそうな計算になったのと
丹沢山の眺望があまり良くなくて、達成感がなかったのも後押しして、行っちゃえー的に蛭ケ岳方面へ。半ばやけくそ感もあった。

蛭ヶ岳は神奈川最高峰です。特に僕はそうゆうのに固執する感じでもないのであれなんですが、なんとなく行ってみたいとは思ってました。
だけど先に書いたように日帰りだと自由度が低いので、選択肢から外れていた山でした。でもここまで来たし非現実的な時間でもないので。。
でもそこから頭の中は「暗くなる前に戻れるか」という不安との戦いでした。同じ道を往復する山登りは、歩けば歩く程帰りの道程が長くなる。
目的地に向かう行為はゴールから遠ざかる行為でもある。なんてドMな行為なんだ!と思いながらも歩を進める自分。
歩き進める程にどんどん自分の借金が大きくなっていくこと。その不安と戦いながら歩いていたけど、救われたのはなんといっても景色です。
アップダウンは厳しく脚を削るけど、塔ノ岳の山頂がずっと続いてるかのような景色を眺めながら稜線歩きができた。
そして優しくぽっかり浮かぶ富士山は終日そこにあり、見守られてる感があった。それと多くないけど人はそれなりに居るという事が安心させる。

そんなこんなで、鬼ヶ岩という少し怖い岩場と山頂直下の急登に心折れそうになりながら、12時10分、蛭ヶ岳山頂に到着。
前回、下山するまで炭酸飲料は飲まないと豪語した僕ですが、汗だくのまま山小屋に入り、コーラを頼んで一気飲みした。
眼下に宮ヶ瀬湖を見ながら飲んだコーラは、キンキンに冷えて美味しかったです。ぬるくないコーラ、最高でした。
という訳で無事山頂に着きましたが、頭の中では景色を堪能するよりも「早く帰らなきゃな」という気持ちが大きかったかも。
疲れて食欲もなかったけど、食べないと帰りがキツくなりそうなので、むりやりラーメン作って食べた。そしてちょっと休憩して下山準備。
その時に気付いたんだけど、山頂だと思ってたそこは山小屋のベンチスペースで反対側に山頂があった。山頂いかないで帰る所だった、危ない。
山頂の景色は富士山が正面にどかんと見えて絶景なんでしょう。だけどここに来るまでの景色と大差ないので正直あまり心が動きませんでした。
それはネガティブなものではなく、この日はずっと絶景だったという、とても贅沢なことがそうさせただけです。
残念感があった訳ではなく達成感に満ちあふれるものでした。ただ早く帰らなきゃ、ということで頭がいっぱいだったことは事実だ。

つづく

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